赤い月(フィブリゾ×ガウリイ)



「……、暇」

 広い空間に、小さな呟きが広がる。
 この空間には自分しか居ないのは分かっているので、呟いたところで返答がないのは分かっているが、ついつい口から漏れてしまうのだ、仕方がない。

 自分の思惑のままに事が進んでいるのは良い。
 これから自分の計画によって引き起こされる事態について思いを馳せて、期待を抑えきれない気持ちもある。

 だがしかし、現状の相手がここに来るまで待つしかない、という状況は非常に退屈である。

 誰かを待っている、という自覚をしてしまった時点で、待っているという行為自体が負担となってくる。
 いくら永い時を在り続けて、人間の一生なんて一瞬、などと言ったところで魔族であっても過ぎていく時間の流れは同じであるのだ。
 何日も待たされることになれば、退屈、といったものも感じてしまうわけで。

「……、暇」

 この空間の主たる少年は、再び呟いた。



(外に行って、人間でもからかって来ようかな…)
 どうせこの餌にするために捕まえた人間が逃げるということはないだろうから。

 そばに転がっているクリスタルの柱に目をやれば、人間が1人静かに目を閉じて収まっている。
 それはまるで眠っているようで、少し腹立たしくなる。
 ぼくが暇を持て余しているっていうのに、こいつは1人穏やかに眠りやがって、と。

 そしてふと思いつく。
 まだこいつの負の感情を頂いていなかった。せっかく身近にいるんだ。リナをおびき寄せる餌だけではなく、ぼく自身の餌にしたって構わないじゃないか。
 こいつは強い魂の持ち主だから、きっと負の感情も極上なのだろう。

 早速クリスタル柱に手を当て、負の感情を引き出すために意識を探る。
 ゼロスが、この人間は気配や感覚といったものが敏感な人間だと言っていたが、それは事実だったようでぼくが自分自身の力を抑えているにもかかわらず、ぼくの意識の動きに合わせてその意識を乱している。

 ふと湧き上がる負の感情。

(不安、あせり、恐怖、といったところか…)

 それをじっくりと味わうために、意識をその部分に移す。
 流れ込んできたのは、先日この人間を捕まえたときのイメージ。
 自分の身に起きていることへの不安。この状況から逃れなくてはというあせり。そして、自分のせいで仲間が傷つくのでないかという恐怖。

(ふ〜ん、仲間が傷つくのが怖いんだ)

 予想通り、この人間からあふれてくる負の感情は非常に美味で、舌なめずりをする。
 次はどんな負の記憶があるのかと意識を探っていく。


 ぼくは良い玩具を手に入れたのかもしれない。



 意識を潜らせていくと、ふと違和感を覚える。
 そこにあるはずのものを見落としている様な感覚。見えているはずのものが見えていないような感覚。
 本来意識の中には存在しないはずの感覚。

 おそらく本人ですら、自分自身を偽り覚えていないことになっている記憶があるのだろう。
 だから表面上の意識をなぞるだけでは拾えないところに記憶を隠している。

「……、こういうのを待っていたんだ…」


 先に待っているであろう、甘露を探してぼくは意識をさらに深く潜っていく。
 

 いくつもの戦争だの、争いだのといった記憶を通り過ぎても、ぼくが感じた違和感にふさわしい記憶にはたどり着かない。これらの記憶にも負の感情はあるのだが、さほど珍しいものでもない。むしろ先ほどの先日の記憶の方が美味だった。
 ずいぶん深く潜ってみたが、それらしい記憶をかすった様子もない。
 随分上手く偽っているものだ。

 そしてふとひとつのことに思い至る。

(故郷、家族の記憶ってなかったよね…?)

 クスッ。

 笑みがこぼれた。
 試しに家族、というイメージを意識の奥底に投げかければ、深く、深くざわつく。

 それでもまだ記憶を見せる様子のない人間に、より興味を刺激される。
 そこまで隠し通されると、こちらとしてはどうしても暴き立てたくなる。きっとその先に望む甘露が待っているであろうから。

 より強く、意識に刺激を与えようとして、ふとある趣向を思いつき潜っていた意識を浮上させた。
 目の前にはまだ眠ったように瞳を閉じている人間。
 その身を包むクリスタルに手を翳せば、ぼくの意思に応えてクリスタルは砕け散り床に散らばり、消えた。

 それに合わせて、目を開けた人間は怪訝そうな表情を浮かべてぼくを見た。

「……ぼく、うるさいの嫌いなんだよね」
「………!?」
 
人間が驚愕の表情を浮かべる。それはそうだろう、いきなり声が出なくなったのだから。
ぼくが興味があるのは人間の表情であって、声ではない。
それに今こいつに声を出させたら、間違いなくぼくを罵るだろう。罵られるのは、好きではない。

ついでに動きも封じておく。

ぼくが手を伸ばせば、人間は睨み付けてきた。

「怖い顔しないでよ。僕はただ食事をさせて貰うだけだから」

ぼくの言葉に、人間は表情に僅かに畏れを混ぜた。
そしてぼくは意識を2つに分ける。
1つは人間の意識に潜らせ、残る1つは人間の表情を観察するために。

食事自体には表情なんてものは必要ないが、表情が付いてくるとより美味に感じる。
まあ、その辺りは個体差があるようで、魔族でも意見はそれぞれだが。


とにかく、目の前の馳走を味わう準備を整えたぼくは、身をすくませている人間の中に、自分の意識を沈ませていった。



 まだ人間は何をされているのか理解していないのだろう。
 ぼくを睨み付けながらも怪訝な表情を浮かべている。


 人間の意識に潜り、再び家族というイメージを投げかければ、先ほどと同じように人間の意識がざわつく。
 そのざわつきの部分を探りながら、今度は家というイメージを投げかける。


 その瞬間、目の前の人間の表情が一変した。
 ぼくが記憶に触れれば、この人間も強制的に記憶を見せられることになるから。おそらくこれから見せられるであろうモノを予感したのだろう。
 そして人間の顔に浮かぶ今までの恐れや怒りとは異なる、恐怖という表情。
 つい自分の頬が緩む。

「!!!……」
 人間がなりやら言おうとしているようだが、もちろん声が出るはずもなくただ口を開閉させるだけだった。
 そしてぼくはにっこりと微笑む。



「大丈夫。ぼくが美味しく食べてあげるから」
「……!!」


 ちょうど人間の意識に潜ったぼくも、根源らしき部分にたどり着いていた。
 意識の奥底に沈んでいたそれは思いのほか大きく、期待が高まる。
 そのままその記憶を手に取る。

 先ほどから出ない声で何やら訴えていた人間は、その記憶に触れたれた瞬間身を強張らせた。
 そしてその強張りが解けたとき、おそらく叫んだのだろう。それも音となることはなかったが。ただそれでも呼吸が乱れのだろう、肩で息をしている。



 記憶の中で最初に見えたのは赤だった。
 炎と血の赤。

 次に見えたのは黒だった。
 闇と人の心の黒。



 クスリ。

「…いいよ、お前。なかなかお目にかかれないいい味をしている」


 意識に潜っていたぼくも浮上し、ひとつに戻る。

 ぼくが本心から漏らした絶賛に応えることなく、人間はただ記憶に翻弄されるかのように身を震わせている。
 それに対してぼくは、もっとこの人間の乱れるところが見たいと思った。
 そして声の封印を解く。


 声が出るようになったことにも気づかず俯いて耐えている人間の顎に手を掛け、ぼくのほうを向かせた。
 その途端、人間が目を見開く。
 それはそうだろう。記憶に伴う恐怖を必死で耐えているところに、人間が高位魔族であるぼくをまともに見たりしたら恐怖は倍増する。

 
「うわあぁぁぁっ………!!!!」

 クスクスクス。

 あふれ出る負の感情に、ぼくの喉が音を立てる。
 なんとすばらしい甘露であることか。


 抵抗する気力もないだろうと思い拘束を解けば、やはりぼくの予想通り脱力した人間の体は床に崩れた。
 その体に、まだ食事を楽しませてもらおうと手を伸ばす。

 パシッ。

 そのぼくの手が叩かれた。
 随分弱々しくはあったが。

「……、ふ〜ん、まだそんな気力があったんだ…」

 問答無用で再び人間を拘束する。
 そしてその上に跨った。

「……、離せっ!!」
「…そんな強気な振りをしたって、分かってるんだよ」

 笑みをひとつ浮かべて、彼の右頬を伝う雫を舐め取る。

「!?」
 驚愕の表情を浮かべる彼の胸に手を当てる。
「い、嫌だ…」
「怖いよね。あんなことがあって怖くない人間なんていないよね。だから…」

 彼の顔をしっかり固定し、今度は反対の左頬の雫を舐め取る。
 そのぼくを凝視している瞳に映っているのは、明らかに恐怖のみで。

「ほかに何を隠しているのか見せてもらうよ。時間は無限にではないけれど十分にあるから」



 狂宴の幕が上がった。





終わり


ブログに掲載していたときには、3話に分かれていましたが纏めました。
リクの内容は、「最初はリナ待ちの間、強い魂から負の感情をと機械的に、いつの間にかその闇に魅入られて…」ということでそれに沿うように書いてみたつもりです。でも、闇に魅入られたというよりは、ガウリイに魅入られている感じですけど。実は、フィブりん、最初はガウリイのこと「人間」という認識しかないんですがこの話のラストでは「彼」という認識になり、この続編の「真紅の月」では「ガウリイ」という認識になっています。その辺りで魅入られていく様子を表現したつもりだったんですが、分かりにくいかな、と思い解説を……。

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