真紅と闇。
俺はそれだけしか見ていない。
もしかしたらそこにはそれ以外にもあったのかもしれないけれど。
俺はそれ以上見たくなかったから、目をきつく閉じる。
目を閉じると、見る以上に色々と考えてしまって、目を開けた方がましだと目を開ける。
でもそこには現実があって、それを見たくなくてまた目を閉じる。
その繰り返し。
それを続ければ続けるほど、恐怖が増し、重圧が増す。
やがてそれは息が出来ないほどのうねりとなって俺の中を駆け巡り、俺は耐え切れずに意識を手放した。
桑の果実
「……重い」
胸の上の圧迫感に睡眠を邪魔され、俺の声は自然と棘を持つ。
俺の声に気づいていないはずは無いだろうが、ゼロスはそれに構うことなく、こくりと音を立てて喉を鳴らす。
ただでさえ機嫌が悪いときにそこまでされるとさすがに腹が立ち、勢いよくベッドの上に上半身を起こす。
ゼロスが、転がった床からクスクスと笑いながら身を起こす。
「別に減るもんじゃないでしょうに。ガウリイさんケチ」
そう言われて俺は苦笑する。
どんなに喰われたって、俺の中にあるものが消えることは無い。減ることさえない。
魔族が側にいればそれも当然なのだろうか。
それとも、こんな俺の側に魔族がいるということのほうこそ当然なのだろうか。
そんなことを考えているうちに、また俺はゼロスにベッドの上へと倒される。
「まだ起きるには早いですよ」
そう言いながら俺に覆いかぶさり、首元に顔を埋める。
ゼロスの、喉の鳴る音を聞きながら、俺は目を閉じる。
目を閉じると、さっきの夢の残像がちらついて、それから逃れようと俺は僅かに身を捩じらせる。
「……寝るんですか?」
どこかうれしそうな声に、俺は少しだけ首を振る。
今眠ったらきっとさっきの夢に囚われるだろう。そしてゼロスの糧となるだけだ。
食事の終わったらしいゼロスは俺の上に起き上がった。
そしてそのままベッドの脇に腰を下ろす。
それと一緒に、俺は再びベッドの上に半身を起こす。
「ゼロス、お前……」
「なんですか?」
さて、俺はなんと続ければいいのだろうか。
食事はもう済んだのか、だろうか。
早く消えてくれ、だろうか。
いつからいたのか、だろうか。
さっきの夢はお前が見せたのか、だろうか。
別に尋ねたとして、これから先のことが変わるはずも無い。聞いても聞かなくてもどちらでもいいような疑問。
なので結局口にするのをやめる。
「なんでもない」
「……、呼んでみただけ、という奴ですか?」
「違う」
その即答にゼロスが微かに笑う。
俺が何を聞こうとしていたかということは、ゼロスにはお見通しなのだろう。
それでも、俺が聞かない限りゼロスは何も語らない。
色々話すようで、実はなにも話さないのがゼロスという魔族なのだ。
ゆらりと人の前に現れ、いつの間にか消えている。
そういう所が俺にはちょうどいい。
どれだけ逢瀬を繰り返そうと、その関係は一定の線以上深くなることも無く、いづれ消えていく。
深い想い出はいつまでも消えることは無いから。
消えていかない想い出はつらいから。
「おやおや、今日は僕に、たくさんご馳走してくださるんですね」
ゼロスのその言葉に、自分が随分と自嘲的な笑いを浮かべていることに気づく。
微かにゼロスの喉が動く。
「……別に」
素気なく答える。
いつもの俺たちの会話のパターン。
俺はベッドの上に投げ出されている自分の手を見つめた。
「なんなら、お休みになれるようにしますけど」
俺のほうへ白い手袋の手が伸びる。
この場合、眠りの呪文をかけることが多いが、そうではない場合もある。
今はどちらの気分でも無いので無言で首を振る。
「そうですか……」
その少し意外そうな声色に、俺はゼロスの顔を改めてみる。
俺が顔を上げるのと同時に、ゼロスは腰掛けていたベッドから腰を上げた。
明け方へと向かっているはずなのに、さっきより部屋の闇が濃くなったような気がする。
「なら、僕はこれで失礼しますよ」
「ああ」
俺の返事を待つようにして、ゼロスは闇の中に消えていった。
ゼロスが闇に還ったのを確認してから、俺はベッドの上に体を投げ出す。
眠るつもりは無いが、体を起こすのがつらい。体自体がきついとかそういうのではないが、つらい。
それが分かっていたから、ゼロスは意外だったんだろうが。
たとえ夢を見ない眠りであっても、眠るのが嫌だった。
眠れば、唯一つと決めた現実を見失いそうな気がして。
俺はただ木目しかない素っ気の無い天井を見つめていた。
朝になって、みんなが起きてきて、朝ごはんを食べて、宿を出発する。
そんな現実が待ち遠しくて、ちゃんと訪れるか不安で。
窓を見やれば、まだ外は闇が薄くなり始めたばかりだった。
end
「アルニカの壷」の神月様への捧げ物です。
こちらのサイトに出会わなければ、「白猫のしっぽ」は存在しなかったでしょう。
そのうえ、神月様の同人誌「既遂」にツボを突かれ、この様なものを書かせて頂いてしまいました。
でも、なぜうちのガウリイは弱弱っちくなるんでしょうねぇ……(涙)