水蓮
重い体を引きずりながら俺は狭い入り口を潜った。
冷たく湿った地面が心地よくもあり、辛くもあった。
しかし何より疲労と痛みが勝り、俺は黒い地面に身を沈めた。
暖かい。
火の爆ぜる音がする。
香ばしい煙の香り。
火が焚かれているのか……。
………火?
ガバッ。
「おい、いきなり起きて大丈夫か?」
「………ガウリイ…」
目に映る姿に、安堵と疑問を覚える。
そして、前に出る気持ちとは裏腹に俺の体は後ろの地面へと戻る。
バタッ。
「いきなり起きるから」
「………。なんでお前が」
思うように動かない体がもどかしいが、それでも何とか体を起こす。
その俺にガウリイが器を差し出した。
香ってくるのは、明らかに不味そうな薬草の香り。
魔族の俺にはこんなのは効き目は無いと思うが。
「全部飲めよ」
「………」
俺は逆らうことが出来ない。
こいつが格上という訳でも無く、俺が従わないといけない道理があるわけでは無い。
それでも俺は逆らうことが出来ない。
何故なら、こうしてこいつにあれこれ指示されていることさえ俺にとっては構われている、と判断してしまう感情が存在してしまっているのだから。
「不味っ…」
「効き目は間違いないんだから、全部飲めよ」
喉を流れていく液体は非常に不快で、とても不快で、それでも目の前の笑顔の為には喉の奥まで流し込まなくてはいけなくて。
わずかに感じる甘さを頼りに、喉の奥に緑色の液体を流し込む。
我ながら、よく頑張っていると思う。
ようやくの思いで飲みきった後、疑問を口にする。
「…で、なんでここが?」
「ん。だってお前は重症そうだったし、ここの街にはお前が俺を連れてきたあの医者が居るだろ」
俺は何も言えずに黙りこむ。確かに、傷をおった俺は効果は無いと分かっていても、ついここに来てしまっていたから。
行動を読まれていることを悔しいと思う反面、それだけガウリイが俺を理解しているということに喜びを覚える。
やはりこいつは俺には必要なのだ。
こいつが俺を必要としているわけでは無く、俺が利用したいと思っているわけでなく。
純粋に、欲しいと思う。
この世界に残っている未練はリナを倒すこと以外は無いと思っていたが、我ながら呆れるほど、前向きな未練も作ってしまったらしい。
「ほら、それを貸せ」
差し出された手に、器を戻すと、ガウリイが再び何か液体を注いでいる。
「え゛……、もう要らな…」
あの不味いものは、一杯飲めば十分だ。そう思って手を伸ばすが、まだ体が満足に動かず、俺が中途半端に身を乗り出したところで再び一杯になった器が差し出された。
「何やってんの、お前?」
「……、もう薬湯はいいかな、と…」
なぜか弱気になる俺。
看病される側というのは、ずいぶんと立場が弱いものだと思い知る。看病する者には逆らえない。
そういえばあの時のガウリイもずいぶんと大人しかった。
「…?これは果実酒だぞ。口直しと眠り薬代わりにいいだろ」
「………、あ、そう…」
確かに香ってくるのは、甘くかぐわしい香りで、自分の勘違いに苦笑する。
すると、正面の彼も苦笑していて。
解けていくのを感じた。
「あ、でも一気に飲むなよ。それなりに強い酒だから」
その言葉は俺が一気に器を煽った直後で。
「もっと早く言ってくれ……」
クラリ、と頭が揺らぎ再び地面に倒れこみそうになるところに、腕が差し伸べられ地面への激突は回避された。
俺を静かに地面に下した腕は、あっさりと離れていく。
「……怪我人が一気に酒を煽るなよ」
パシッ。
今度は手がはやく動いた。
離れていく腕を捕まえる。
「お前が、俺の誘いに乗ればいいだけなんだ。ガウリイ=ガブリエフ」
そしたら、上手くいくのだ、多分、おそらく。
でも、幾度も投げかけた問の答えを俺は知っていて。
「無理だよ」
その笑顔はとても鮮やかだった。
終わり
すいません。話が見えないと思います。
この話、HPにある「アネモネ」のずっと先にある話なので。5話ぐらいは先の話です。
だって急にこれが書きたくなったんですもん。そして書きだしたら意外と話が纏まっていて書き上げられたのでアップしてみました。
まあ、これ単体でも読めますよね。
ちなみにこれは「アネモネシリーズ」なのですが、タイトルを花の名前で統一してみました(2話しか書いてないけど)。一応内容に合わせてみたんですが。
アネモネは『はかない恋』。水蓮は『心の純粋』を意図しました。
この話の二人は純粋な気持ちで行動していると思うんですよね。繋がりはしないですが、触れ合う程度の気持ちの近付きはある、という感じで。
ブログにて2011年6月20日公開
いきなり途中を書くのはどうかとも思ったんですが、どうしても書きたくて書いた話でした。
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