通り雨
「雨……、降ってきましたね」
先ほどまで晴れていた空は、低く垂れ込めている雲で薄暗くなっている。
大粒の雨が乾いた地面に落ち、砂煙を巻き上げている。その地面もすぐに潤い、今度は地面に吸い込まれなかった雨が、低いところへと流れていく。
その様子を店の軒先から、見るとは無しに見ていた。
隣にいるのがリナ達なら、雨宿りついでに軒先を借りている店で軽食でも食べるところなのだが、横にいるのが魔族ではそうもいかない。
雨が降るだろうとは思ったが、降りだす前には宿に戻れるだろうと思ったから買い出しに出たのだったが、読みは外れてしまった。
それも、こんなおまけのついた状態で。
別に雨自体は嫌いじゃない。
雨が降ると外に出るのが億劫で、室内に閉じこもってしまうが、それはそれでゆっくりできて心地いい。
今日みたいに外にいるときに降られるのは困るが、雨宿りが出来る場所さえあれば別に構わない。
雨が降って、いろんなものが雨に打たれているのを見ると、自分もその中へと足を踏み入れたくなってくる。
その中にいれば、いろんなものが流されていくような気がする。
「定食屋の中に入りますか?」
「いや、ここでいい。ただの通り雨だからすぐに止むだろう」
実のところ、このゼロスという魔族とどう付き合っていけばいいのか分からない。
味方でもなく、敵でもなく、色々な意味で宙に浮いている存在。
もしかしたら、ゼロスの目には俺たちがそう映っているのかもしれないが。
これだけ一緒にいれば、そんなこともどうでもよくなってくる。
俺は剣を磨くための布だとかが入っている袋を持って、ゼロスはお菓子だとか訳の分からない薬品だとかそんなものが雑多に入った袋を持って、軒から落ちてくる水滴を見つめる。
最初は大粒の雨だったので、軒からも小さな滝の様に水が流れ落ちていたが、今はもう、間隔をあけてぽたぽたと落ちるだけになっている。
この分だともうすぐ雨も上がるだろう。
さっきの激しい雨で跳ねた泥が靴についていたので、それを片手で払う。
顔が地面に近づいて、雨に濡れた地面独特の匂いが鼻を掠めた。
この匂いは久々に嗅いだ様な気がして、少し大きく息を吸い込む。
そんなに久しぶりの雨というわけでもないし、こんな風に雨宿りするのも珍しいことじゃない。ということは、この匂いにも気づかないほど忙しくしていたか、ゆとりが無かったか。
「もうすぐ止みそうですけど。どうしますか」
店に入るかどうか、と再びゼロスが聞いてくる。
ああ、ゼロスがいるときはいつも皆がいて、そのときは雨宿りすると毎回店に入っていたから、俺たちが雨宿りをするときは必ず店に入るものだと思っているのだろう。
別に、ゼロスが言ったから、というわけでもないが、それもいいかと思い改める。
「そうだな……」
俺はそれだけ言って、店の入り口へと足元に出来た水溜りを踏まないように進む。振り返らなくてもゼロスが後ろをついて来ているのが分かった。
すりガラスの入ったドアを開けると、ドアにつけられていた鐘がからからと音を鳴らす。
俺たちと同じように雨宿りをしている人たちだろうか。昼時もとっくに過ぎ、夕食時には速過ぎる時間なのに、店には客がたくさん入っていた。
運良く最後のテーブルがまだ空いていて、俺たちはそこに腰を下ろした。
机に備え付けのメニュー表を申し訳程度に見て、ホットコーヒーを頼む。
ゼロスは随分と真剣にメニュー表を見ていたが、メロンソーダとチョコレートケーキを頼んだ。
「ずるいですよガウリイさん。自分だけさっさと決めて」
「別に悩むようなことでもないだろ。雨宿りに入っただけなんだから軽いものでも頼んでおけばいいだろ」
ゼロスは、そうですかねぇ、などと言っていたが、それは無視して窓の外を見る。
止むかと思った雨は再び激しく降っていて、ゼロスの言うようにここに雨宿りに入ってよかったと思う。3人の客が入ってきて、満席の店内を見てため息をついている。
ゼロスはここまで予測していたのかどうか。
店員が注文したものを持ってきて、テーブルの上に置いて行った。
早速俺はそのコーヒーをブラックのまま口に運ぶ。
味には期待していなかったが、値段の割りには結構いい味がした。
一口だけ飲んで、ソーサーの上に戻す。
ゼロスはケーキの方には手をつけず、メロンソーダばかり口に運んでいる。
個人的には、メロンソーダとチョコレートケーキという組み合わせはどうかと思うが。だからゼロスもメロンソーダだけ飲んでいるのか。
まあ、個人の趣味にどうこう口を挟むことも無い。
メロンソーダをゼロスが飲み終わるころには、俺のコーヒーも半分ぐらいに減っていた。
俺が再びコーヒーカップ手を伸ばしたとき、それより先にゼロスの手が伸びてコーヒーカップを取っていった。
「なっ……」
そのままゼロスはコーヒーを口に運ぶ。
そして咳き込んだ。
「だ、大丈夫か……」
「……、苦いんですけど……」
当たり前のことを言っている。ブラックのコーヒーが苦くないわけが無いだろうに。
「ブラックなんだから、当たり前だろう」
「ガウリイさんが普通に飲んでいるから、砂糖入れていると思ったんですよ」
いかにも俺に非があるような口ぶりだが、勝手に取っていったゼロスに言われる筋合いは無い。
ゼロスはケーキを食べる前の口直しにコーヒーを飲もうとしたのだろうが。
「……甘党か?」
「別にそういうつもりはありませんけど。でも、苦いですよ」
そう言ってカップをソーサーに戻す。俺はばかばかしくなって、左手でコーヒーカップを持ち一気に残っていたコーヒーを飲み干した。
苦かったコーヒーの口直しのつもりだろうか。ゼロスがケーキを次々と口の中に入れている。
俺は口の中に残るコーヒーの香りの余韻を楽しみながら、視線を窓の外へと向ける。
一時強かった雨も小降りになり、暑く垂れ込めていた雲も薄くなっている。この分だとすぐに雨も上がるだろう。
ゼロスが食べ終わったら、宿に戻ろう。
それまではすることも無く、ほお杖をついてゼロスのケーキが減っていく様子を見ていた。
雨が止んだようだ。
満席で困っていた3人は、結局そのまま出て行った。
「雨、止みましたねぇ」
ゼロスは空になったさらにフォークを置き、窓越しに空を見上げた。
「……出るか」
俺はテーブルの隅に置かれた伝票を手に取った。
それをゼロスが横から抜き取った。
「ここは僕がお支払いいたしますよ」
「お前は自分の分だけ払え」
ゼロスに貸しを作るのは嫌なので、俺はそう言ってゼロスの手から抜き取ろうとしたが、ゼロスはしっかりと握っていて離さない。
伝票が破れてしまうのも困るので、俺も力を入れることが出来ず、結局ゼロスが会計まで行く。
無理に今払わなくても、宿に帰る道すがらゼロスに払えばいいか、と自分を納得させる。
店の外に出ると、空には太陽が戻り、雨の前より少し涼しくなった風が吹いていた。
店の中が空気が悪かったわけではないが、外に出た開放感から、雨上がりの空気を胸いっぱいに吸い込む。
「本当に通り雨でしたね」
荷物を抱えたゼロスが店から出てきて、俺は宿へと足を向ける。
ゼロスの立て替えたコーヒー代をどうやって受け取らせようかと考えながら。
end
ひたすら、「雨宿り」で書こう、と思って書いた物です。
相変わらず意味はありません。オチはあるけど。まだオチは書いてませんよ。