中西牧場/甘乳蘇の知られざる秘密
永山久夫著 『
雑学辞典たべもの人物史
歴史は「食」でつくられる
』
より
2章 なぜ
徳川家斉
[
とくがわいえなり
]
は55人も子作りできたのか
− バイアグラでは身につかない、本当の精力をつける ”強精食” −
より
・・・家斉は、
房州
[
ぼうしゅう
]
(千葉県)
嶺岡
[
みねおか
]
の牧場で飼育していた 白牛のうち、とくに乳の出のよい 10頭を江戸城内の
厩
[
うまや
]
に移し、せっせと
「
酪
[
らく
]
」
(注)
を生産させた。房州で作っていたのでは、遠すぎて待ち遠しいというわけである。
白牛からとった乳で作ったというので、
「白牛酪」
[
はくぎゅうらく
]
と名づけられた。 その作り方であるが、生乳を銅鍋に入れ、若干の砂糖を加えてトロ火で煮つめていくと、やがて、黄金色の固形物ができる。これを型にとり、冷却したものが家斉愛用の「白牛酪」であった。
家斉が用いて余った分は、やがて、一般人にも売り出されることになったが、極めて高価なのと、さまざまな制限があって、そう簡単には入手できなかった。しかし、
大店
[
おおだな
]
の道楽息子などは、金を積んで入手し、将軍さまの強精食″を一口含んでから、遊廓などにのり込んだ。こうなると、バイアグラも顔負けである。
平安時代は、貴族たちが
「
蘇
[
そ
]
」
を中心とする乳製品を活用して、色好みの王朝文化を展開したが、家斉は
女護ケ島
[
にょごがしま
]
ともいうべき、男子禁制の大奥で、ひとり 奢侈淫靡をくりひろげたのである。
まさに、色倒れ″で、幕府の財政赤字年間50万両の最大の原因となった。家斉の光源氏ぶりを諷刺したのが
柳亭
[
りゅうてい
]
種彦
[
たねひこ
]
の『
偐紫田舎源氏
[
にせむらさきいなかげんじ
]
』である。
家斉は奇妙な嗜好性があり、「酪」を重宝する一方で、ショウガも好んだ。板橋宿産のものを、どういうわけかとくに好み、その辛味が他の土地のものとはちがうといって、こだわった。
じつは、ショウガの辛味成分をジンゲロンといい、タンパク質の分解酵素を増やす働きがある。「酪」の主成分はタンパク質であるが、これを強精に活かすためには、体内吸収を高める成分が必要となる。その役割に、もっとも適しているのが、ジンゲロンを含むショウガということになる。
そのような相互成分の補完関係までは知らなかっただろうが、両者を食べ合わせることによって、家斉は、すばらしい効果をあげていたことになる。
その結果が、55人の子女たちであった。花のお江戸のプレイボーイ共が、将軍さまの艶福にならい、白牛酪をひそかに用いたくなるのも無理はない。
(注)
精子の原料として不可欠のアルギニンが、山芋よりもさらに多く含まれているのが「酪」なのである。「酪」は、酪農の酪で、牛乳をじっくりと過熱し、水分をとばして、さらに煮詰めて作るが、すでに奈良時代から用いられてきた貴族たちの強精食である「蘇」(牛乳を煮詰めて作った、固形の乳製品)と同じものである。
以上のような「酪」が、現代にもよみがえりました。
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