タイトル  「想わぬ想い」 「お前は、自分で自分を不幸にしてるぞ」 「じゃぁな。 もう夜ここには来ないから」 祐一は、あの日以来ここに来なくなった。 夜の校舎。 誰も居ない、夜の校舎。 ……私と……多数の、魔物以外は…… 朝。 姿を現わしたばかりの太陽が、温かい光を降 らしている。  それでも、寒い。 やっぱり、寒い。 校舎に向かう道。 校舎に向かう生徒達。 白い息混じりで、会話を交わしている。 ふと目をそらすと、脇道のネコが、寒さに耐 えるために丸まっている。 ……ネコさん、寒そう…… 「舞ーっ、おはよー!」 私を呼ぶ声。 佐祐理が、いつも通りに挨拶してくる。 昨日降った雪で、道は白くなっていた。 佐祐理の雪を踏む音が、何故か、やけに大き く感じられた。 「おはよ、舞。 今日もいい天気だね」 佐祐理がいつも通りに私の横に並んで、そし て、いつも通りに話しかけてくる。 「昨日ね、佐祐理、一人で商店街に行ったん だよ。 そしたら、変なリュック背負った女 の子が走ってきてね、それでね……」 佐祐理は、とても楽しいそうに話している。 それを聞いてるだけで、私は、いつも幸せな 気分になれた。 「あ、舞。 祐一さんですよー! 祐一さー ん!」 ……祐一……っ! 幸せな気分は、そこで途切れた。 「……あれっ? 舞、ちょっと待ってよー」 私は佐祐理の制止も止めずに、校舎に向かう。 今は魔物のいない、戦う事も無い校舎に。 後ろから佐祐理が走ってくる音が聞こえる。 それでも、私は歩く速度を落とさなかった。 「舞ーっ、待って…… ちょ、ちょっと…… 待って…… ハァハァ……」 後ろの舞の声が徐々に小さくなって行く。 そして、雪を力強く踏んで校舎に入った。 寒さが身にしみた。 そんな気がした。 なぜ、足を速めたんだろう? 自分でも良くわからない。 わからないけど…… ……佐祐理、ゴメン…… お昼休みの、屋上手前の踊り場。 朝のときの寒さはすっかり身を潜めている。 そして、目の前には佐祐理が作ってきたお弁 当が広がっている。 3段重ねの重箱。 1つは色とりどりのチラシ寿司。 1つは色とりどりのオカズ。 1つは色とりどりのフルーツ。 いつもながら手が込んでいる。 ……佐祐理、いつもありがとう…… 「……い? まぁーいー?」 誰かの声が聞こえる。 「……舞? どうかした?」 俯いていた私の顔の前には、佐祐理の顔があ った。 「ほら、今日は舞のためにたこさんウインナ ーもいっぱい作ってきたんですよ。 沢山、 食べてくださいねー」 何故か、箸の動きの止まっていた私に、佐祐 理が優しく語り掛けてくる。 「あ、これ、足が2本多いです。 これじゃ 『いかさんウインナー』ですねー」 佐祐理は、本当に楽しそうに笑っている。 私はなにも答えなかった。 私はなにも食べなかった。 「舞? 具合でも悪いの……?」 ……なんでもない。  「なんでもない、なんて事ないですよ…… 佐祐理は、舞の事ならなんでもお見通しです よ」 それでも、私は何も答えなかった。 「それに、今朝の舞、いつもと違ったし……」 確かに、今日の私は違うと思う。 祐一の名前を聞くまでは…… 祐一は、あの日以来、ここにも来なくなった。 昼の校舎。 お弁当を食べる踊り場。 ……私と……佐祐理と…… その夜。 私はいつもの場所に向かう。 ふと足元を見る。 やはり、他の人の足跡は無い。 ……祐一……来て……ない…… そのまま、下をずっと見ながら、夜の校舎に 入った。 ……祐一の事が頭から離れない。 魔物への気も探らなければならない。   孤独な魔物との戦い。 いつもと同じように、夜の校舎で戦う。 いつもと変わらない、いつもと同じ…… ……何故か涙がこぼれてきた。 ……何故涙が? ……視界悪い。 ……今敵に来られたら…… 魔物がそんな隙を見逃すはずもなく、ここぞ とばかりに襲い掛かる。 「後ろ…っ!」 ……誰に言ってる? ちょっとした疑問が油断を生む。 魔物の攻撃を受け、後方に激しく飛ばされて しまった。 すかさず受身を取り、着地する。 魔物は、きっと距離を詰めてきてるだろう。 ……油断。 ……調子狂う。 ……祐一……か。 違和感の正体はわかった。 今まで、いつも来ていた祐一が突然来なくな った。 ……祐一のせいで油断した。 ……祐一かなり好きじゃない。 ……おなか減った。 ご飯食べたい。 ……でも食べられない。 ……祐一のせいで食べられない。 ……祐一かなり好きじゃない。 「祐一は……嫌い……っ!」 「舞、……私に隠してる事、ありますよね?」 ある日のお昼休み。 いつもの場所で、佐祐理は聞いてきた。 「何か……隠してるよね……?」 恐る恐る聞いてくる佐祐理に私は答える。 ……なんでもない。 「絶対嘘っ! 舞は絶対、佐祐理に何か隠し てるっ!」 普段では考えられない声で佐祐理は叫んだ。 いや、むしろ、怒られたのかもしれない。 「……ごめんね。 でも話して欲しいん…… だ……」 ……佐祐理、泣いてる? 「ねぇ、舞? お願い……」 最後の方は、かすれてうまく聞き取れない。 ……うまく言えるかわかんないけど。 「そう、だったんだ……」 私の話を聞いた後、佐祐理は今までないよう な笑顔で話しかけてきた。 「それはね、舞がきっと祐一さんの事……」 ……やめてっ! 「……ほ、ほえー、舞、ちょっとびっくりし ちゃったよー」 私の思ってる事を、全て話した。 勿論、夜の校舎での出来事は話していない。 大事な所だけを掻い摘んで……話せたかどう かはわからないけど、佐祐理は納得している ようだった。 「でも、ちょっと佐祐理じゃわかんないかも 知れません。 私の友達にも相談するねー」 私は気持ち、照れていた。 そして、少し考えて、首を縦に動かした。 「うん、この佐祐理様にすべてお任せぇ!  なんてね♪ うん、頑張るね」 佐祐理の優しさに、目の前が滲んできた。 …… …… …… 「えっとね、色々聞いたけど、思いきって言 った方が……」 ……佐祐理? 「えっ!? そんな……舞は祐一さんの事が ……てっきりそうだとばかり……」 やっぱり、私は祐一の事が気になってるのだ ろうか? 私の事は、私より佐祐理の方が詳しいかも知 れない。 でも、あの日以来、全く祐一とは会ってない し、見かけてもいない。 私よりも…… 気付けば、私は佐祐理の手を引っ張っていた。 私より、佐祐理の方が…… 私には、佐祐理がいればそれだけで良い。 ……佐祐理、ずっと、よろしく…… 「舞。 ……なんだか嬉しそうだね」