

都城は廃仏毀釈のおり、ほぼ全ての寺院が破壊されました。
その中で奇跡的に残った貴重な石仏と、
秘仏である本尊にまつわるお話をご紹介します。
本尊
天長寺の本尊は「四臂不動明王」といいます。通常の不動明王の尊像と違い、腕(臂)が四本ある尊像です。秘仏であるため、公開はしておりません。
江戸時代までは本堂に聖観音、護摩堂に不動明王がおまつりされていました。護摩堂の不動明王にはある伝承があります。
縁起には恵心僧都の御作、智證大師円珍の御作とも伝えられていた作であると記されています。
古来梅北の谷にあったもので、野火にあって堂塔もろとも全て焼けてしまいました。ある日、猟師が犬を連れて猟をしていたところ、犬がある桜の木の下でしきりに吠えるので見上げると、木の上にこの不動明王が立っておられたそうです。
人々はこれを崇敬し、天長寺に安置し、この桜を不動桜と呼んだ、というものです。
かつて本堂に祭られた聖観音は、当山第三世舜融和尚の造立で、作者は仏師深賢快重であると伝えられております。都城は観音信仰の盛んな土地で、三十三ヶ所観音霊場があり、天長寺は結願寺でした。現在の当寺御詠歌はこのころのものです。
観世音の大慈大悲のとちまめて天長地久国家安全(庄内地理志)

本堂内部
石仏群
天長寺の墓地には鎌倉時代の石仏群があります。
廃仏毀釈のため大きな影響を受けた当地にあって、その難を逃れた数少ない石仏です。そのため、昭和五十四年六月、都城市の有形文化財の指定をうけています。
そのなかでも阿弥陀如来(右)は大作で、この仏に祈念すればイボが取れる、「イボとりの仏さん」として現在も信仰を集めています。
不動明王(下)は童子を引き連れた尊像で、非常に奥行きのある像容です。
他にも、地蔵菩薩座像などが鎮座されています。

当墓地には歴代住職の墓、供養塔など数十基がまつられています。