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蒲 焼 き の 味
 ホンダ三輪バイクに乗っていて、ふらっとスーパーに立ち寄った。気まぐれにである。

 バイクを止めてふと見ると、出入口の横でウナギの特売をやっていた。それもなんと、

ニョロニョロと動いているのを切り裂いて、焼いているのであった。

「ううん、旨そうないい匂いだ」

 ちと残酷には思えたが、結局は匂いに誘惑されてつい買ってしまった。

 夜、一杯やった。焼酎が旨い。蒲焼きを一口食った。

「これ天然ウナギかしら」

 奥様が舌鼓を打って、ビールを飲んだ。けっこうアルコールはいけるのである。

「いや違うだろう。旨いことは旨いが、天然物に比べると少し劣るようだ」

「ふうーん、まあー養殖ならそれは仕方がないじゃないの」

 奥様【妻】がコップを置いて、焼酎を注いでくれた。私はそれをグイッと飲んだ。

 ほろ酔い気分で、今度は〈うなどん〉に箸をつけた。

「もう三十年ばかり昔の話しだけど、一夜のうちに三十匹ほど、多い時で五、六十匹のウ

ナギを捕っていたことがあったんだ」

「もちろん天然産だったんでしょうね」

 私の話しに、妻は驚くことがない。たとえ、結婚前の話しでもだ。それもそのはずであ

る。父が生きていた昭和六十年まで、十キロを超すマダイのほか、多種多様な魚を釣って

きていたのを知っているのだから。

「おれが高校二年の頃だったと思うが、志布志の方でマダイが釣れているという情報をキ

ャッチしたんだ。だから、おれも父や叔父と釣りに」

「エビで鯛というほどだから、やっぱり餌はエビだったのかしら」

「ピンポン正解。そうなんだ。そこでまずエサにするエビを捕りに。あれは梅雨入りの頃

だったな」

「どこで獲ったの」

「それが浜之市なんだ」

 宮崎県都城市は北西に位置する霧島連山、東には鰐塚山系、南西に大隅山系と高低の差

こそあるけれど、山々に囲まれた盆地。かっての薩摩の属領四万石の城下町。維新後の一

時期とはいえ【都城県】つまり、県庁所在地だったこともあるのである。

「浜之市(はまんち)といえば、鹿児島の隼人町じゃないの」

 桜島を望む錦江湾に面した港町。そこには父の実家があり、私にとっては【第二のふる

さと】となっている所だが・・・・。

「漁港から防波堤伝いに少し行くと、海側と背中合わせに田んぼが広がっているんだが、

その一角に大きな溜池があってね。満ち潮どきに水門から海水が入ってくるんだ」

「要するに溜池の水は海水と水田からの真水が入り混じっているってことね」

「はたまた正解。なかなか頭いいじゃんか。で、父が投網を投げ込んだってわけ。エビは

夜行性だから、真っ暗な中でだよ」

「ははん、わかったわ。エビと一緒にウナギが捕れたのね」

 妻がお茶を注いだ。私はそれを一口すすると、煙草を取り出して火をつけた。

「そうなんだ。それでウナギがいるって分かったんだ」

「なるほど。で、鯛はどうなったの」

「もちろん釣りに行ったさ。一晩寝ないでね」

 都城市から南方に向けて山を越すと、五十キロほどで鹿児島の志布志湾に出る。そこの

漁港に、父が船外機つきボートを置いていたのである。後にはディーゼルエンジン搭載の

本格的な漁船に乗り換えたのだが。

「あきれたものね。眠くはなかったの」

「ぜんぜん。いやー若かったな。活きエビが餌なもんだから、マダイやチダイが面白いよ

うに釣れてね」

 天井に向けて、私は煙草の煙を吹き出した。

「そう、それは楽しかったことでしょうね」

「それはともかくとして、三日後には父とふたりだけでウナギ捕りさ。四、五十匹は捕っ

たかな。水飴の容器【背の高い缶】の底に釘で小さな穴をいっぱい開けたやつに入れてだ

よ」

「それじゃ水は漏れるでしょうに。ウナギは水なしで大丈夫なの」

「平気の平ざさ。それに水なしの方が逃げられないからな。夜の九時頃出かけて行って、

帰りは明け方さ。なぜだか解るかな」

「ウナギが夜行性だからでしょう」

「それもあるけど、ウナギがいることを人に知られたくなかったってわけ。まあーこれを

一石二鳥っていうんだろうな」

「まあっ、意地悪親子だったのね」

「えっへっへーまあーな。でも、もう時効だよ時効。で、ある日、帰ったら眠いもんだか

ら、ちょろちょろと水道の水をかけっ放しにして、そのまんま容器を風呂場に置いておい

たんだ。ところが昼過ぎに起きてみると、半分ほどいないじゃんか。いやーびっくり仰天

しましたです」

「まさか逃げ出したんじゃないのでしょうね」

「そのまさかが正にまさかというわけ。ごく僅かでも水をかけておいたのが悪かったんだ。

六十センチほどの垂直な缶の壁を泳ぎ登ったらしい」

「へえーっ、ウナギって凄いのね」

「まったくだ。で、すぐに排水溝を見て回ったんだ。そしたら溝の節に引っ掛かっている

のを二、三匹は見つけて回収したけれど、あとの二十匹ほどは用水路に逃げ込んだのだろ

うな。残念ながら後の祭りってわけさ」

「用水路って、すぐそこにあった高木用水路のことね」

「そうさ、今は公園化して【はなのみち】になってるけどね」

「苦労して捕ってきたのに。・・・・パアーか。パアーねぇ」

 今にも吹き出しそうな顔をして、妻がお茶を飲んだ。私は灰皿に煙草を押しつけて、も

み消した。

「それに懲りて、以後は帰るとすぐに肝と骨を取り除いて、白焼きにしてたよ」

「かば焼きにしたんじゃないのね」

「そう、数が多いからね。冷蔵庫に保存しておいて、食べたい時に焼きなおすんだ。骨で

タレを作っておいたので、いつでもΟΚさ」

「天然産だから、さぞかし美味しいかったことでしょうね」

「そりゃ、うまいのなんの」

 妻は自分の湯飲みにお茶を注いだ。

「だいたい形態からして違うんじゃないの」

「そうなんだ。養殖物より細くって、色合いも薄いような感じだった」

「自然の中は環境が、それだけ厳しいってことなのかしら」

「それもあるだろうね。けれど、いくら美味しいとはいっても、度々食べていると、やっ

ぱり飽きるんだな、これが」

「人間って贅沢にできているものなのね」

「だから、二、三回行った後は三ヶ月おきぐらいに捕ってきていたな。その頃には帰って

から焼くのが面倒だというんで、堤防の上で焼いてたっけ。帰ったらすぐに寝れるからね」

「どうやって焼いてたの」

「まな板や練炭火鉢などをライトバンに積み込んでさ」

「へぇーなるほど。考えたわね」

「もう一杯注いでくれ」

 私は焼酎を飲んだ。話しがはずむので焼酎が旨い。バリッと漬物をかじった。

「ええっと、あれは何時だったか、その夜は満月でね大潮。潮が沖までずっと引いたんだ。

すぐそこの沖合に小島が三つあるんだけど、まるでクリーム色のライトに照らし出されて

いるようで、いやーなんかこう神秘的というか」

「煌々たる月明かりだったのね」

「まぼろしの世界に迷い込んだような、とでもいうのかな。しかも堤防との間を舟がゆっ

たりとやってきてね」

「ウナギを焼きながら、その光景を眺めていたってわけ。でも潮が引いていたんでしょう。

舟は何をしていたの」

「竿尻で舟を少しずつ移動して、竿先のモリで魚を突いていくんだ」

 私は二本目の煙草を吸った。そして、おもむろに焼酎を飲んだ。もう酔ったかもしれない。

いい気分だ。が、なんとなくしみじみとした想いがこみあげてきた。父のことを思ったから

かもしれない。浜育ちだった性か、父は私を川や海に度々連れて行った。私が幼い頃からで

あった。

「潮の引いた浜辺には、月光を受けて黒々とした岩石がバラまいたようにころがっているん

だ。溶岩石がだよ。なんだか異様な感じだったけどね」

「まさか桜島の噴火で飛んできたというわけじゃないわよね」

「いや、飛んできたのかも。あはっ、冗談じょうだん。元々あそこは姶良カルデラなんだよ。

世界規模の巨大な火口だったらしいんだ。それが陥没したのが錦江湾ってわけ」

「道理で湖のような感じがするのね」

「叔父さんは竹すっぽんをあっちこっちに沈めておいて、ウナギを捕っていたっけな。また

捕りに行こうかな」

 今夜は蒲焼きの御陰で色々と思い出したようだ。私はコップに残っている焼酎を一気に呷

った。




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著者  さこ ゆういち