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葉 月 の 風
 はたまた小川の橋の下で涼んできました。

 この場所は沖水川の堤防までの間がかなり広い田園地帯になっていますので、

稲の葉を波のように撫でた涼風が吹いてきます。

 電動車の椅子に腰かけて川底をジーッと眺めていると、5,6匹のサワガニが

出てきてチョコッ、チョコッと歩くんです。沢山のオチビさんもなんですが、ア

サゼ【青赤く体色の染まったハヤの親分】もどっからともなく出てきて、サーッ

と泳いでいきます。

「おやっ、あれは何だ」

 木の葉が浮いてユラユラと流れてきたんです。よく見るとウズラの卵ほどのタ

ニシがしがみついているじゃないですか。

「うむ、タニシの冒険旅行か。なるほど、なるほど。ああやって旅ができるのか。

ふん、ふん」

 妙に感心させられた私でありました。

 こんどは真っ黒い四枚羽根のカワトンボがヒラヒラと飛んできて、向こう岸の

草の葉に留まりました。こいつは静止したまま時々パラッと羽根を広げるんです。

 手前の岸の葉のてっぺんには、羽根の透けた胴の赤いやつや橙、青色などの小

さなカワトンボが留まっていました。いや、留まってるんじゃないんですね。小

刻みに羽根を動かして空中停止しているんです。

「ううっ、カワセミ」

 目の前の川の上を青緑色の美しい小鳥が右方向から上流に向かってサッと飛ん

で行ったんです。サワガニは沈んだ竹の葉を集めるようにして隠れんぼをするん

ですね。

「おっ、また」

 カワセミが先ほどとは逆方向に飛んで行きました。

 私は裸足になって、岸辺の石垣の上に腰を下ろしました。

「わー冷たい」

 裾をまくり上げて、川の中に足を突っ込んだのです。あまりにも気持がいいの

で、しばらくの間足を泳がせてしまいました。童心にかえったようでした。いい

歳をしていても無邪気なもんですね。

「カニさん、魚さん、驚かせてゴメンね。ちょっと気分なおしにそこら辺を回っ

てくるね」

 私は電動車をそっとゆっくり操作して、トンネルを抜けました。西側は上の車

道に沿って日陰になっています。東側には稲田がずっと遠くまで広がり、穂に陽

の差す辺りから先に赤トンボが群れていました。

「ゆうーやーけーこやけーーーのーあかとーんぼーー」

 日陰の農道をゆるゆると行きながら、無意識に唱ってしまいました。田に水を

引くために土を掘っただけの浅く幅のない用水路で、昔フナやドジョウをすくっ

て遊んだことを思い出していたのかもしれません。

 ふと気がつくと、赤トンボが私の周りに寄ってくるんです。電動車の先になっ

たり、後ろになったりしながらなんです。グウーンと急上昇したかと思うと、落

下してほんの目の前の宙で急静止するんです。そして、飛行機が風に流されるよ

うに傾きながら飛び去る、といった芸当をして見せるんです。

 なんとなく留まってくれそうな気がして、不意に手を伸ばしてしまいました。

留まってはくれませんでしたが、赤トンボは私と遊んでくれたんですね。

「赤トンボさん、ありがとう」

 私は心の中でつぶやきました。見上げると、小鳥が次々にやってきて、南西の

方に向かって飛び去っていきました。その青い空に、やっと色づきはじめた茜雲

が浮かんでいました。

「さて、ぼちぼち帰るか」

 しばらく橋の下で休んだ後、田んぼの中の道に電動車で向かいました。身体を

撫でていくように、さわやかな風が吹きつけてきます。

「これはまたなんとも」

呆気にとられて、電動車を止めてしまいました。北西の方角にある霧島を見た

ら、夕焼け雲がかかっていて、とても奇麗だったからです。時間の経過と共に雲

の大きさや色合いも刻々と変わり、すっかり魅せられた私は薄暗くなるまでそこ

を立ち去ることができませんでした。

 薄暗い稲の上をコウモリが低空飛行。いや、かなり高いところにも飛んでいま

した。

 都城【みやこんじょ】には昔からコウモリがいるんです。飛んでいる時はスズ

メぐらいの大きさに見えるけど、用水路の橋下などで休んでいる時は蓑虫がぶら

下がっているみたいに小さいのです。

「あのー夏の日ーはーー気づかぬままにーー通り過ぎてーいきましたーー今また

夏ーですねーーー」

 私は自作の歌を口ずさみながら、すっかり暮れようとしている田の道を後にし

ました。




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著者  さこ ゆういち