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焼 酎 大 好 き      
 1997年初夏。

 高校生の息子ふたりが中庭で炭火を煽っている。どうやら、今夜は

焼肉らしい。ここは霧島を仰ぐ宮崎県都城市である。南国の夏は夜が

長い。

「準備ができてるよ」

 碁を打っていると、上の息子から声がかかった。囲碁指導員。それ

が私の職業だ。打ち終えて、道場と自宅の間の中庭に出た。陽は落ち

ているがまだ明るく、暮れるまでにはもう少しかかるだろう。

 息子達はすでに食べはじめていた。食欲旺盛だ。椅子に腰かけた私

は、妻が注いだジョッキのビールを一気に飲んだ。うまい。

 庭木の間からの風が心地よく吹いてくる。私の母がベランダの方か

らやってきた。これで家族全員が揃ったわけだ。ジャイアントの容器

を傾けてビールを注いで、三人でカンパイをした。

 肉や野菜が焼けて、いい匂いが漂っているが、息子達が奪い合うよ

うにして食べているので、こちらとしては手が出せない。まあーあと

しばらくの辛抱だ。そろそろ闇が迫ってきた。

「明かりを点けっくれんかや」

 私の声に、次男坊が急ごしらえの外灯のスイッチを捻った。もうジ

ャイアントの瓶は空のようだ。妻が缶ビールを差し出した。

「いや、焼酎。焼酎の方を注いでくれ」

 【霧島】という【いも焼酎20度】私がいつも飲んでいるやつだ。

そいつをそのままで飲むのだ。

「食った食った、もうよか。テレビを見っど」

 長男坊が次男坊を誘った。ふたりとも満足そうな顔で、家の中に姿

を消した。

 ふと見上げると、星がにぶく光っている。やっと焼き肉にありつけ

た。ピーマン、ニンニク、人参、椎茸、オクラ、キャベツ、ソーセー

ジとどれもうまい。焼酎の追加だ。母も妻も焼酎に切り替えたようだ。

「おにぎりを取ってくれんね」

 母が妻の方に皿を差し出した。あぶら噌をつけて焼いたおにぎりだ

から、香りも味も絶妙だ。話がはずむ。母は食べながら、水割り焼酎

をちびりちびり飲んでいたが、酔ったようだ。やはり歳には勝てない

のだろう。とうとう母も家の中に消えた。

 結局、私と妻のふたりだけになった。妻がコップに氷を入れて、水

割り焼酎を作った。妻はけっこういける口だ。私も酒には強い。こう

して外灯に照らし出された木を眺め、夜空の星を眺めながら飲んでい

ると、しみじみとしたものが心に満ちてきた。十数年前に亡くなった

父を思い出したようだ。しばし感傷に浸った。涼しい風にハッと我に

返る。ふわーっと磯の香りが広がっていた。いつの間にか、妻がエビ

やサザエを焼いていたのであった。

 これが実にうまい。だから焼酎がなおうまい。

「今なん時ごろだろう」

「十時半を少し回ったところ」

「よし、あと一杯で終わりにするか」

 妻が焼酎を注いだ。ほろ酔い気味の身体に風が涼しく吹いてくる。

「腹を休めてきた」

 ふたたび息子達がやってきて、どんどん焼いて食べはじめたのだ。

 普段、私はテレビを見ながら飲んでいる。むろん焼酎をである。飲

むと夕食が美味しいからだ。

 私には脳性マヒによる障害【身体の緊張感】がある。だから、毎晩

三合ほど、それでほどよく、くつろげる。まあーいいわけはよそう。

元来、焼酎が好きなのだから。




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著者  さこ ゆういち