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第二話ちょっと冒険イッシー君
  


 沖に出るまでに、ぼくにも毒がまわってきたらしい。目がくらく

らして気がとおくなりそうだ。

 デブキチ親分はあんまり苦しいもんだから、くるくる、くるって

回っているんだよ。

「神様たすけてください。ああーもうだめだ」

 生きているのか、死んでいるのか、ふわふわした雲の上にいるみ 

たいな気分になっちゃった。

 しばらくすると、近くでピカッと稲妻が走ったんだ。

 それで、ぼくはハッと気がついたんだよ。

「もう大丈夫みたいだぜ」

 元気になったデブキチ親分が声をかけてきたんだ。

「なんだか景色が変わったみたいですね」

「イッシー君、やけに暑いじゃねえか・・・。ぎょぎょっ、あれは 

なんだ。まるでコウモリのオバケじゃないか」

「デブキチ親分、あれは翼竜のニクトサウルスですよ。なんであん

なのが飛んでいるんですかね」

「おれさまにも、さっぱりわからん」

 体長十センチほどの小さな身体に二メートルもある大きな翼を広

げて、ニクトサウルスがグライダーのように低空飛行しているんだ。
          
「ぼくにも、よくわからないけれど、ここは時間がどんどん逆回転 
                                         
しているみたいですよ。

「すると、およそ一億年前にきていることになるぜ。ピピッピーー

イッシー君、警戒せよ。大きな生物がやってくるぞ」

 デブキチ親分のレーダがなにかをとらえたらしい。

「見えた、見えた、あれは首長竜のエラスモサウルスですよ」   

「わあー長い首してる」

「こらこら、おまえだって首が長いくせに、それはないぜ」

「そうでした、そうでした。すっかり忘れていました」

「やつは首が胴体の二倍はあるぜ。首から顔は大蛇のようで、胴体

の方はまるでオットセイのようだぜ」

オールのようなヒレで海水をかき分けて、ぴょん、ぴょんどぼん

と飛びはねながら逃げまわる大きな魚を追いかけているんだ。

「ものすごいスピードですね」

「ありゃまー魚をくわえたぞ」

「そういえば、首長竜の仲間は日本にもいたんだって、カメさんの

話しによると、福島県いわき市で九千万年ほど前の双葉層(ふたば

そう)という地層からサメの歯や、は虫類の化石が出てきたらしい。

それが首長竜の化石だったんだってさ」

「その話はおれも聞いてるぜ。それまでに発見された首長竜のどれ

とも違う種類だったので、発見者の鈴木さんの名前をとって(フタ

バスズキリュウ)と名づけられたとか、たしかいってたぜ」

「デブキチ親分、よく憶えていましたね。たいしたもんだ」

「あたりまえだろう。おれさまは並のウナギとはわけが違う。なん

せ大ウナギなんだからな。オッホン、オッホン」

 ちょっと誉めると、すぐこれなんだから・・・・・・・・・。

 小雨がふりやみ、気温が上昇したので少し霧が出てきたみたい。

 霧の中からニクトサウルスが海面すれすれを飛んできて、エラス

モサウルスの頭を攻撃するんだ。エラスモサウルスは海面下に頭を

沈め、すばやく首をのばしてニクトサウルスの翼に噛みついたんだ。

「わーあ、海中に引き込んでしまっちゃった」

「わりわりむしゃむしゃごくんと、のみ込んじゃったぜ」

 ヒレで泳いでるけれど、ワニのようなモササウルスがアンモナイ 

トをくわえたまま、エラスモサウルスに近づいてきた。モササウル 

スは肉食性で全長六メートル。そいつがエラスモサウルスの方にア

ンモナイトを放り投げて、こっちへ向かってやってくる。

「するどい、すごい歯をしていますよ」

「こりゃいかん、逃げるんだ。イッシー号、エンジン起動。反転全

速。・・・・・・・・・面舵いっぱい」

「了解りょうかい。・・・・・・・・でも追いつかれそうです」

「ちっ、だらしのないイッシー君だぜ。なんとか振りきれないのか」

 まあー威張っちゃってる。ぼくは全力を出しているというのに。

「あいつの方が速いのだから、しかたがないでしょ」

「そりゃそうだな。よしよし、かわいい子分のためだ。電撃砲でお

どかしてやろうじゃないか」

 シーン・・ビリビリーービリ、ボチャン。

「迫力のない電撃砲だったけれど、モササウルスは遠ざかっていき

ますよ」

「無益な殺生はしたくねえ、だから手加減してやったんだ。わかる

かねイッシー君、汝の敵を愛せよというやつだ」

 なんと心やさしきデブキチ親分なんだろう。・・・・・・・。

「ピピッピーピピッピー・・・・。イルカ艦隊を発見したぞ」

 はぐれていたイルカさんたちがデブキチ親分のレーダに映ってい

るらしい。

「イルカ隊はすぐやってくるぜ」

「イカダの食料は無事ですかね。あっ、きたきた」

「イルカの隊長、イカダは無事のようだな。護衛の任務ご苦労であ

った」

「イルカさんたちは今までどうしていたの」

「イッシー君、その報告はあとで聞こうぜ。まず食事だ」     

「そうですね。その方がいいですね」

 急な出来事が次から次に起こったもんだから、ぼくは腹がへって

いたことをすっかり忘れていたんだ。

「イッシー君、さっそくいただこうぜ。・・こりゃうまい、うまい」

 デブキチ親分も、ぼくも夢中になって食べたんだ。

「くった食った。・・・・ではイルカの隊長、報告せよ」
                                         
「はっ、それでは報告します。まず、うず潮に巻き込まれました。

つぎに海底火山が爆発」

「よし、わかった。われわれと同じか。・・・だが、連絡がとだえ

ていた原因はなんだったのか」

「デブキチ親分、たぶんそれは別のうず潮、別の経路をたどってき

たということでは」

「いちおうそれで説明はつくが、イルカ隊は呪文を知らなかったは

ずだぜ。その点はどうだ」

「ぼくがさけんだ呪文は、近くのうず潮ぜんぶに影響したんじゃな

いかと思われます」

「うむ、そういうことか。・・・・で、イルカ隊はその後どうして

いたのかね」

「気がつくと、今まで見たこともないような怪物がうろうろしてい

るし、ワニのおばけのような生物には襲われるわで、逃げ回ってい

たんです。そうこうしている内にデブキチ隊長殿の発せらせた電波

をキャッチしたんです」

 モササウルスが十五頭のイルカさんたちを襲ったらしい。

「十五頭そろっているところを見ると、無事だったようだな」

「襲ってきたときは驚いたけれど、わたしたちはヤツをとり囲んで

円をえがくようにして、ぐるぐる回ったんです。すると、目をまわ

したらしく、ダウンしてしまったのです」            

 モササウルスって、頭があんまり良くないのかもね・・・・・。 

「しかし、なにか変だぞ。・・・・・うん、これだ。イルカ隊は火

山爆発から、ここへ直接やってきたというわけか」

「隊長殿、そのとおりであります」

「イッシー君、これはどいうことかな」

「ううん、ええっと・・・つまりそれは、別の経路では逆回転して

いる時間がぼくたちの経路より、はやかったんじゃないですかね。

きっと飛び越えてきたんだと思いますよ」

「その説はなんとなく納得しかねるが、まあーいいだろう。さて、

探険開始だ。全軍微速前進」

 海底には色とりどりのテーブルサンゴがかさなるようにして広が

り、イカの祖先にあたるベレムナイトの群れがゆっくりと泳いでい

るし、大小さまざまなアンモナイトも泳いでいるんだ。
          
「おい、見ろよ。イルカ隊とは別のイルカの群れがやってくるぜ」 

「あれはイルカじゃないですよ、デブキチ親分。イルカより口ばし

が長いし、目がきつくイルカより怖い顔をしていますよ」

「そういえば、そうだな。・・・・うむ、イルカ隊に話しをさせて

みるか。イルカ隊はやつらの正体を聞きだしてこい。わかったら、

ただちに報告せよ」

 デブキチ親分の命令で、くるっと向きを返し、イルカさんたちは

飛ぶようにして泳いで行っちゃった。

「なんと速い泳ぎだこと。・・・・・・・・もう帰ってきたぜ」

「隊長殿に報告します。やつらは海に棲む爬虫類で魚竜のイクチオ

サウルスだそうです」

「ええっ、なんだって、あれが海の恐竜だと」

「そうなんです隊長殿。わたしたちイルカによくにていますが、爬

虫類なんです。セビレやオビレもあり、もっとも魚らしく進化した 

爬虫類だそうです。海に棲む他の爬虫類は陸に上がって卵を産みま 

すが、あのイクチオサウルスは海の中で子どもを産むことができる

そうですよ」

「じゃ、やつらはおまえたちイルカの祖先かもしれないぜ」

 イルカさんたちが困った顔をしているので、ぼくが説明したんだ。

「イルカはクジラのなかまでほ乳類なんです。それらの祖先は陸上

で暮らしていたんですって。だから、デブキチ親分の説はまちがい

じゃないですかね」

「なにがまちがいだイッシー君、みんな長い間に進化してきたんだ

ぜ。おれの説がまちがっているか、どうか、わからんじゃないか」

 デブキチ親分はまったく強情なんだから・・・・・・・・。

「でも、なくとなく一理あるような感じもしないでもないか」

「イッシー君までそんなことを。こまりますねぇ」

「まあーまあーイルカさん、頑固なデブキチ親分の説だから、我慢

がまん」

「ふん、なにをいっていやがる」

「デブキチ親分、怒んない怒んない。あそこを見て見て」

 ニクトサウルスが群れている辺りに、沖に突き出た岩礁と島がぼ 

んやりと見えてきたんだ。



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一億年前の恐竜
著者  さこ ゆういち