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第一話ちょっと冒険イッシー君
名なしのコンベエ
 ドドーン、ドドーンと、ものすごい音をとどろかせて桜島が爆発したんだ。

「いい気持ちでねていたのに、びっくりしたなあ、もう。・・・・あーねむ

いよ。あーあーあー」

 ポカンと口をあけて、あくびをしちゃった。

 ぼくちゃんはね、ブラキオサウルスという恐竜の子供なんだ。 いま十歳

なんだけど、身体がどんどん大きくなって、ゾウさんの三倍ほどもあるんだ。

 おまけにキリンみたいな長い首をしているんだよ。

「どっこいしょ、どっこいしょ、やっぱり陸の上を歩くのは、にがてだなあ」

 ぼくちゃんはさ、身体が重たいので、水の中が好きなのさ。

「どうしてなのか、わかるかな」

 水の中は浮力があるので、身体が浮きあがって軽くなるんだよ。

「とっても歩きやすいし、楽だなあ」

 ところで、桜島はどこにあるか知ってるかい。

「なんだ知ってるって、えらい、えらい」

 薩摩半島の南のはしにある池田湖で遊んでいるんだ。

 近くには開聞岳がそびえているんだよ。薩摩富士ともよばれている美しい

山なんだけど、むかしもむかし、そのまた大むかしはドドーン、ドドーン

と大爆発をくりかえしていたんだ。

 ちょっと北の方にはなれているけど、霧島も同じくドドーン、ドドーンと

大爆発していたんだ。

 池田湖だって元は火口だったんだってさ。

「ゆっくりおやすみなさい」

 そのころ、おかあさんが声をかけてくれたんだよ。

「ぼくは卵だったんだけど、よく聞こえていたもんねぇだ」

 それにしても霧島や桜島、開聞岳が次から次に大爆発するものだから、火

山灰などが空をおおいつくして昼もまっくらになったんだ。

 あかあかと燃えた溶岩も流れてくるので、おかあさんたちは逃げに逃げま

くったんだと。

 だけど、とうとう逃げ場がなくなって、おかあさんは卵のぼくちゃんを海

の底に産みおとしたんだよ。

 ぼくは卵のまま、海の底で長いこと冬眠していたんだ。どのくらい冬眠し

ていたか想像できるかな。

「えぇっとねえ、およそ一億六千万年もなんだよ」

 そのころは、日本も中国大陸や朝鮮半島と陸続きだったのを知っているか

い。知らなかっただろう。

「えっへん、ぼくちゃんはえらいんだなあ」

 だれもほめてくれないから自分でいばっちゃった。

 ぼくたちブラキオサウルスは草食で、とてもおとなしい恐竜なんだよ。だ

けど、アロサウルスという肉食竜がいて、草食竜を食べてしまうんだ。

「おーい・・・アロのやつがやってくるぞ」

 おとうさんが仲間に知らせたのさ。それで、みんな川に飛び込んじゃった。

ブラキオサウルスは頭のてっぺんに鼻のようなものがあって呼吸できるんだ。

それに首が長いので、川の中でも平気なんだよ。

 おとうさんが水面上に頭を出していたものだから、アロサウルスのやつ浅

いと思って、追っかけてきたんだ。ところがだ、本当はものすごく深かった

ので、ばちゃばちゃと溺れてしまっちゃった。

「かわいそうに死んじゃった、死んじゃった」

 陸が移動しているのを知っているかい。今も海底や陸地は重なり合って、

うごいているんだよ。はっきり感じないけれど・・・・・・・・。

「だから、地震が起こるわけなんだね」

 卵のぼくが冬眠している間に世界中の火山が大爆発したり、宇宙からいん

石が飛んできて激突したりしたんだよ。

「わあーすごい地震だ。目がまわっちゃう」

 いつの間にか、日本も大陸からはなれてしまったんだ。

「ぼくが冬眠していた穴は強い岩で、深い海の底は水温があまり変化しな

かったものだから助かったんだよ」

 だけど、陸上や水中の動物たちは、どんどん死んでいったんだ。

「やがて、地球は氷河期に入ったんだけど、すでに恐竜たちは滅亡した後

だったんだよ」

 恐竜にかわって巨大なマンモスなどがのっし、のっしと雪の上を歩きま

わってさ、人類の祖先にあたる原人も現れはじめたんだ。

「ほっ、ほっ、ほっ、ほー。あいやーあー」

 マンモスを獲るぞ。みんな来い。と、原人の親分がさけんだのさ。

 霧島がドドーン、ドドーン。桜島や開聞岳がドドーン、ドドーン。だけ

ど、これらの火山は姶良カルデラという、ひとつの火口だったんだ。

「そこが沈没して海水が入り込み、鹿児島湾や錦江湾になったんだよ。い

まは島でない霧島のあたりまで海水が満ちていたんだ」

 そりゃあ、もう大変なもんだわさ。

「あーねむい、ねむい。うるさいけど、ねちゃいますよ。火山さん少し静

かにしてね」

 あーいい気持ち。ぐうぐう、すーすー・・・・・・。

「いろんなことがあったけれど、あんまり気持ちがよかったので、一億六

千万年も眠っちゃった」

 でもでもある日、卵のぼくちゃんが入った穴の中に、ぼこぼこっ、ぼこ

ぼこっと、熱い温泉が入ってきたんだ。

「わあーあつい、あつい。こりゃがまんできないやあ。殻を破って外に出

よーっと」

 すぐに海の中を泳ぎまわったんだけど、腹がへって死にそうなんだ。

「あたりまえだけど仲間はいないし、ちょっぴりさびしいなあ」

 ともかく、開聞岳の仙人洞というところから上陸したんだ。

「上陸したころのぼくちゃんは人間のおとなぐらいの大きさだったんだよ」

 よろよろと森の中を歩きまわったんだ。

「おなかがぐうぐう泣いてる。あー腹へった。これでも食べちゃおーっと。

・・・・・・うまい、うまい」

 木の葉をがつがつと食べたんだ。

「あーまんぷくまんぷく。だけど、のどがからからだ。あー水がのみたい

よー」

 夜風に吹かれながら、とぼとぼ歩いていたら、水のにおいが風にのって

流れてきたのさ。

 ぼくちゃんはすっかり嬉しくなっちゃって、においのする方にかけて行

ったんだ。

「ごっくんごっくん、あーうまかった。それにしても池田湖ってけっこう

深くて、広いんだなあ」

 水面に月が輝いていて、いいながめなんだ。

 ぼんやり見とれてしまっちゃった・・・・・・・・。

「おいこら、おまえはだれだ」

「いきなり声をかけられて、びっくりしたなあ、もう。・・なんだなんだ」

 よく見ると水の中に、二メートルもある大ウナギがいるじゃあないか。

「ここはおれの縄張りだぞ。あいさつもなしに無礼でごわんど」

「すいません。ぼくちゃんは恐竜です」

「おまえ少しおかしいんじゃないの。自分のことをぼくちゃんだなんて、

うひゃうひゃ」

「笑ってからかうんだもん、いやだなあ、もう」

「おまえの名前は?」

「名前なんかないよ。それじゃ大ウナギさんはなんて名前なの」

「おれかい、おれさまはデブキチというんだ。いい名前だろう」

 そうか、デブだからデブキチか。なるほど、なるほど・・・。ぼくちゃ

んはおかしくなって、ひっしに笑いをこらえたんだ。

「名前がないのか。よし、いまからゴンベエと呼ぶぞ」

「へんてこりんな名前だなあ。まあいいか」

「ゴンベエ君、ついてこいよ」

 デブキチさんが誘うもんだから、ぼくはどぶんと湖の中に飛びこんじゃ

った。

「おお冷たい。でも気持ちいいなあ」

 ぼくとデブキチさんは友達になって、いっしょに暮らすことにしたのさ。

 ぼくちゃんが水草をひっこぬいて食べると、大きなミミズがにょろにょ

ろと出てくるんだけど、これがデブキチさんの大好きな食べものなんだ。

 出会ったころ、身体の長さは同じぐらいだったんだけど、だんだんぼく

の方が大きくなっていくんだ。

「ゴンベエ君はまるで怪物じゃないか。そうかそうか、すっかり忘れてい

たが、ブラキオサウルスだったんだなあ」

「そうですよ。ぼくは恐竜なんですよーだ」

 ちょっとばかり恥ずかしいので、人に見つからないようにひっそりと暮

らしていたんだ。

「それじゃあ大きくなるはずだ。もう十年も経つんだもんな」

 そんなある日の朝のことだけど、キリンみたいな長い首を水面に浮かべ

て遊んでいたんだ。そこを、とうとう人間に見られてしまったというわけ。

「こまっちゃった、どうしようどうしよう」

 おまけに写真まで撮られちゃってしまうしさ。そりゃあ、もう大騒ぎに

なったんだ。

「デブキチさん、どうしたらいいかなあ」

「そうだなあゴンベエ君、水の中にもぐって隠れているしかないだろうな」

「毎日まいにち人間が大勢やってきて、ぼくちゃんをさがしまわるんだよ」

 本当にこまっちゃう。いつの間にか、イッシーと呼ばれちゃうしさ。

「せめてイッシー君と呼んでくれよなあ」

 ぼくはおとなしくって、可愛いやつなんだ。

「人間がいじめなければ、ときどきは姿を見せてもいいんだが・・・まあ、

池田湖にきたときはイッシー君イッシー君と呼んでみてくれよなあ」





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著者 さこ ゆういち