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旅 立 ち
第一話ちょっと冒険イッシー君
 「ゴンベエ君よ、これからはイッシー君と呼んでやるぜ」

  デブキチさんが威張って声をかけてきたんだ。

  なんせ、デブキチさんは池田湖の主みたいなもので、大先輩なんだから威張

 られても仕方ないか・・・・・・・・・。

  おまけにデブキチさんは何でもよく知っていて頭がいいんだもんね。

 「ありがとうデブキチさん。だけど、十年もゴンベエって呼ばれてきたんだか

 ら、なんだか変な感じだな」

 「すぐに馴れるさ。それともゴンベエの方がいいのか」

 「いやイッシーでいいですよ。・・・・おおっと大変だ。またまた人間どもが

 おしかけてきます」

  いやあ、うるさくてうるさくて昼寝もおちおちできないんだ。

 「おれは旅に出るぞ。イッシー君も行くか」

 「行きます行きます。連れて行ってください」

  デブキチさんも、とうとうがまんできなくなったらしい。

 「そのかわり、おれが親分でイッシー君は子分だぞ」

 「ちょっと不満だけど、子分になってあげますよ。はいデブキチ親分」

 「いいかねイッシー君、親分の命令はぜったいなんだからね。わかっとるかね」

 「はいはい、わかってますよ」

  ところで、ウナギが大旅行するっていうのを知らないだろう。

  湖や川で五年から十五年ぐらいすごしたウナギは、卵を産みに南の海へ出か

 けて行くんだ。

  そこで生まれたウナギの子供たちは、ふたたび湖や川に帰ってくるんだよ。

 「それはそれは長い旅をしてくるというわけ。で、デブキチ親分も子供のころ、

 南の海から池田湖へやってきたんだってさ」

 「おれは川をくだっていくからな。イッシー君は開聞岳の森を通って海に出ろ」

 「はい、デブキチ親分」

 「それじゃ、今夜出発だ。いまのうちに食事でもしておくか。イッシー君も腹

 いっぱい食べておけよ」

  いよいよ出発の時間になっちゃった。

 「月が湖を照らしていいながめですよ」

  デブキチ親分は川をするするって泳いで行っちゃった。

 「ぼくちゃんも出発だ」

  どっしん、どっしん。歩くと地震になったみたい・・・・・・。なにしろ、

 全長二十五メートルで、重さ八十トンもあるんだ。

 「夜分お騒がせしまして、すいませんねえ」

  ブラキオサウルスは、かみなり竜という種類の恐竜なんた。

  どっしん、どっしん。

  デブキチ親分とは長崎鼻という海岸で合流することになっているんだ。

  途中には、ぼっこ、ぼっこ、と湧き出る開聞温泉があるんだけど、入ってる

 ばあいじゃないのだ。

 「急ぐ旅路の悲しいさだめ、どっこいしょ」

  思わず歌が出てきちゃった。

 「もうザアーッ、ザザッと波のよせかえる音が聞こえているんだよ」

  夜風が海の方からそよそよって吹いてきて、とってもいい気持ちだ。

  ぼくちゃんはドボンと岩場から海に飛び込んじゃった。

 「おいこらーっ、痛いじゃないか」

  足元の方からどなられちゃった。

  長い首をおりまげて海底をよく見ると、岩の穴にいるヘビのようなウツボさ

 んを、ぼくが踏みつけているじゃないか。

 「ごめんごめん、けがはなかったかい」

 「けがはないけど、気をつけてくれよな。こんなにでっかい足で踏まれちゃ、

 たまったもんじゃないからな」

  そんなわけで、ぼくは泳いで行くことにしたんだ。どんなふうに泳ぐのかっ

 ていうとだな、まず長い首を前にのばして、目と鼻だけを水面から出すわけさ。

 つぎに足を後ろの方におりまげて、長いしっぽで漕ぐんだ。

 「えんやーとっとっ、えんやーとっとっ」

  すいすい泳げて楽だなあ。

 「もう長崎鼻だよ」

 「おそかったな、イッシー君。待ちくたびれちゃったぜ」

 「すいません、デブキチ親分」

 「さっそく南海の旅へ出発するとしょうぜ」

 「どこに行くの」

 「まず種子島へ行く。それから屋久島だ」

 「はい、デブキチ親分」

 「それじゃイッシー君、出発せよ」

 「えんやーとっとっ、えんやーとっとっ」

  デブキチ親分はおりまげたぼくの前足に寝ころんでいるんだ。

 「うひゃ、これはいい」

  ぼくちゃんが目と鼻を潜水艦の潜望鏡のように水面から出して泳ぐもんだか

 ら、デブキチ親分がおもしろがっているんだ。

 「もう少しスピードが出ると快適なんだがなあ」

  いい気なもんだなあ、もう。あんまりからかうと、けとばしちゃうぞ・・・。

  大隅半島の佐多岬沖を航行中なんだけど、そこへ宇宙人のようなクラゲさん

 が、ふんわかふんわか泳いできたんだ。

 「いっぱい泳いでる」

 「敵の潜水艦を発見。全員で総攻撃せよ」

  なにをかんちがいしたのか、クラゲの親分が命令したんだ。

 「いたい、いたい、いたいよ。だってさ、トゲで刺すんだもん」

  こまっちゃうなあ。たのむからやめてくれ・・・・・・・。

 「これだけいたんじゃーとてもかなわねえ。イッシー君にげるが勝ちだ。全速

 前進。面舵(おもかじ)いっぱい」

  デブキチ親分が顔をしかめて、叫んだんだ。

  面舵は船を右方向に進行させ、左方向のときは(とりかじ)というんだ。

 「えっさーほいっさー、えっさーほいっさー。ああーしんどいなあ」

  しっぽを左右へなめらかに、しかも力強く、より速くふりながら、右方向に

 逃げたんだ。

 「やれやれ、とんだ災難だったぜ。あーあーあー」

  デブキチ親分はいいよなあ。ぼくの足に寝ころんで、あくびなんかしちゃっ

 てさ・・・・・・・。

 「こらっ、なにをぶつぶつ言ってるんだ。前方から何者かが、ものすごいスピー

 ドで近づいてくるぞ」

 「今度はなんですか」

 「そこまではわからん。が、大軍だ。警戒せよ。警戒せよ」

  デブキチ親分がヒレをピーンと張って、警報を発したんだ。

  なんせ、デブキチ親分は大ウナギだ。電気ウナギって知ってるかな。いつも

 弱い電波を出していて、敵の動きを知ることができるんだ。

 「つまり、レーダ装置をもっているわけか・・・・・・。了解、了解、警戒態

 勢完了」

  ぼくは潜水艦が潜望鏡をあげるように水面から上に首をのばし、前方に注意

 をそそいだんだ。

 「敵はなんだ」

 「デブキチ親分、あれは敵じゃないよ。イルカの群れだよ」

 「よしわかった。警戒態勢解除。ゴッホン、ゴッホン」

  いまのはセキじゃなく、デブキチ親分が威張ったんだ。まあいいか。大先輩

 なんだから、顔をたててあげなきゃなあ。

  どばーん、ばしっと飛びはねたり、すいすいと波にのったりしながら、イル

 カの群れがやってきたんだ。

 「わあーでっかい怪物と大ウナギだ」

 「怪物とは失礼だなあ。ぼくは恐竜のイッシーだよ」

 「やあ失礼。イッシー君」

 「おれさまはデブキチだ。あんまり怒らせると、八百ボルトの電流を放出しち

 ゃうぞ。おまえらはそれでいちころさ」

 「ごめんごめん、きげんをなおしてくれ。イルカはいるか、いないか。イルカ

 はいるか、いないか。いっしょに遊ぼうよ」

 「イルカの親分よ冗談はこまるぜ。まあーよか。ゆるしてあげもす」

 「わあーなつかしか、鹿児島弁じゃなかか」

 「イルカどんも話せるじゃなかか」

  デブキチ親分とイルカの親分が方言でしゃべったんだ。

 「イッシー君、ぼくらと競争しないか」

  イルカさんたちの提案だ。

 「デブキチ親分、どうします」

 「よし、やろうぜ。よーい・・どん」

  抜きつ抜かれつして、遊びながらどんどん進んでいるんだ。

 「あれっ、はやくも種子島に到着したらしいぜ」

  青くぼんやりした島が見えてきたんだ。と、そのときだった。デブキチ親分

 のレーダーが、なにかをとらえたらしい。

 「後方から船舶が近づいてくる。警戒せよ。警戒せよ」

 「その姿、見られたらやばいぞ。ぼくらがカモフラージュしてきます。イルカ

 隊は後方作戦開始」

 「イルカの親分、たのんだぜ」

  見ると、大きな漁船がこちらの方にやってくるんだが、その周りを取り囲む

 ようにしてイルカさんたちがぐるぐる回りはじめたんだ。

 「イルカ君たちよ、さらばだ。イッシー君、ただちに潜水を開始せよ」

 「身勝手じゃないですか。イルカさんたちに悪いですよ。デブキチ親分」

 「イッシー君、おれに逆らうんじゃない。いつでも交信できるんだから」

  そうかそうか、イルカの高周波とウナギの電磁波は交信可能だったのか・・。

 「わかりました。それじゃ潜水を開始します」

  ぼこぼこぼこっと、ぼくは海底に潜っていったんだ。

  底ではイセエビが何匹も岩の間で、ごっそりごっそりと這い回っているんだ。

 「うまそうだな。一匹とって食べるとするか。イッシー君もどうかね」

 「ぼくちゃんは草食なんですよーだ。それに、そんなことしたら、かわいそう

 じゃないですか。デブキチ親分、がまんしてよね」

 「この世は弱肉強食なんだぜ。しかしまあ、子分の頼みとあっちゃしかたがね

 えなあ」

  口は悪いが、情にもろい。それがデブキチ親分なんだ・・・・・。

 「だけど、そろそろ腹がへってきちゃったな」

 「それじゃ屋久島へ急ぐぞ。イッシー君、出発だ。全速前進」

  またまたデブキチ親分が威張っちゃってる。

  海は青くすみきって、波もなくおだやかだ。晴れわたった空のかなたに、綿

 のような白い雲が、ぽつん、ぽつんと浮いていて、とってもいいながめなんだ。

 「海はひろいなーおおきいなー」

  思わず歌っちゃった。

 「いい気分だなあ。おっ、魚の群がやってくるぞ」

 「うひゃうひゃ、馬の顔をした魚どもだ。これはおもしろいやあ。うひゃうひ

 ゃ、うひゃ。うっひっひー」

  デブキチ親分は自分のことを美しいと思ってるのかな・・・・。

 「そいつはカワハギの仲間で、ウマヅラハギっていうのだよ」

  小さなむなびれを、うちわであおぐように動かして、ウマヅラハギがゆっく

 りと泳いでいっちゃった。




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著者 さこ ゆういち