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ローラは ぼくの光
失 明
 タケシは霧の中にいた。

 ヨシオとゲンタの顔が霧に浮かんでは消えた。

 次に井戸の底に落ちた。

 あたりは真っ暗だった。

「タケシ・・・」

 遠くから母さんが呼んだようだ。

 タケシがわずかに身動きした。

「タケシ・・・・」

 今度は、はっきりと聞こえた。

 どうやら夢をみていたらしい。

 タケシはまぶたを開いたつもりでいるが、真っ暗で何も見えない。

「タケシ、意識がもどったのね」

「母さん、どこにいるの」

「ここにいるわよ」

 柔らかい手がタケシのほほにふれた。

「目が、目が見えない」

「ええっ・・・・・・」

 椅子を引く音がして、母さんが立ちあがったようだ。

「ちょっと待ってて」

 声が微かに震えていた。

 母さんの足音が遠ざかって消えると、すべてのものが死に絶えた

ように静かになった。

 タケシはぞっとした。

 手を動かすと、点滴の管に触れた。

 タケシは頭を振った。頭が鈍く痛んだ。

 それにしても静かだ。母さんは遅い・・・・・・・・・・。

 タケシはぶるっと身ぶるいした。

 やがて、ばたばたと足音が近づいてきた。

「タケシ君、どうかしましたか」

 若い看護婦さんだろう。なれなれしい声で尋ねた。

「目が・・目が見えません」

 ベッドに横たわったまま、タケシは声のする方に顔を向けた。

「どれどれ」

 医師の声だろうか。その穏やかな声を合図に、看護婦さんがタケ

シの身体を起こした。

 眼にライトを当てているようである。

 タケシの顔から医師の手が放れた。

「先生、どんな具合でしょうか」

 質問したあと、母さんがタケシの背中を撫ぜた。

「精密検査をしてみないと、なんともいえませんね」

「ぼく、どうしたの」

「君は二日前の事故で意識不明になったんだ。自転車に乗っていて

車にハネられたらしいね」

「先生、なんとかタケシの目を治してやって下さい」

 母さんの声が悲痛に響いた。

 シーティー(コンピューター断層撮影装置)で微妙な脳内出血が

あったことは知っていたが、それが視神経を圧迫したらしい。

 三日後、医師が検査結果をタケシの父母に説明した。

「それでタケシはどうなるんです」

「残念ですが・・・・・・・・・・・」

 医師はたんたんと告げた。

「先生、タケシはもうすぐ中学生になるんです。なんとか治せませ

んか」

 医師の顔をまじまじと見つめて、父さんは顔をゆがめた。

「誠にお気の毒ですが・・・・・・」

「もう回復する見込みはないのですね」

 母さんは念を押さずにはいられなかったのだろう。

 医師は静かに頭をふって、言葉を続けた。

「タケシ君は失明しましたが、身体はいたって健康です・・・・。

しかし、独立歩行の問題があります。しばらくはリハビリを続ける

必要があるでしょう」

「わたしたちはどうすればいいのでしょう」

 医師を見つめたまま、母さんはまぶたに涙を浮かべた。

「おそらくタケシ君は精神的に混乱するでしょう。孤立させないよ

うに励ましてやって下さい」

「先生のおっしゃる通りだ。わたしたちが悲しんでいて、タケシは

どうなる」

 父さんの声に強い意志が感じられた。

 母さんがうなずいて、涙を拭いた。




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著者  さこ ゆういち