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失 望

 タケシは手探りした。

 明けても暮れても闇また闇。じっとしていると孤独と不安で時間

か゛長く感じられる。

 「目が・・目が・・・くそっ・・・・」

 タケシはベットから降りて、床に立った。

 手先を前に泳がせて、踏み出そうとした。けれども、丸太ん棒の

ように足がすくんでしまった。

 タケシは自分が哀れに思え、涙がにじんだ。

 一日がすぎた。

 タケシには時間の経過がわからない。昼と夜の区別もわからなく

なってきている。

 失明したのは二週間ばかり前のことだ。それ以前は野球をしたり、

なんでも自由にできたのだった。

 それが今はどうであろう。闇の中だ。ひとりでは歩くことさえで

きない。それになんといっても恐いのだ。

(人にわかるものか)

 タケシは絶望の底に沈んだ。

 父さんも母さんも以前よりやさしくなった。

 看護婦さんたちもやさしくしてくれるし、励ましてもくれる。

 だが、いくら励まされてもタケシはタケシだった。

 暗い気持ちのまま、三日ばかり経った。

「タケシ君、今日から歩行訓練をしましょうね。トイレまでの歩数

を記憶するのですよ」

 朝食後、看護婦さんが声をかけてきた。

 タケシの右手に看護婦さんの手がふれた。

「おなじ歩幅で歩きましょうね」

 タケシは廊下の手すりを掴んだ。それからゆっくりと歩いた

 一、二、三、タケシは頭の中で数えていった。三十六、三十七。

「はい、そこがトイレの入り口ですよ」

 看護婦さんがタケシの肩に手をかけた。

 帰りの病室までは四十一歩だった。

 どうしてだろう・・・・・・・・。

 四歩の差でも混乱する。混乱すると動けなくなった。

「いやだ、いやだ・・・・」

 タケシは恐くなって、駄々をこねた。

「タケシ、初めは誰だってそうなのよ。頑張ろうね。」

 静かに見守っていた母さんが不意に声をかけ、タケシの肩に手を

置いた。

 歩行訓練は幾日も続いた。タケシは熱中した。

 動かずにいると、つい楽しかった日々を思い出す。そうすると逆

に辛く、悲しくなってしまうからだった。

 一ヵ月後、リハビリ室に行く途中、看護婦さんが通りがかりに寄

ってきた。

「最近ひとりで行けるようになったわね。えらいわねタケシ君」

 昼過ぎ、ヨシオとゲンタが見舞いにきた。

 二人はタケシの同級生だ。少年野球の仲間でもあった。

 ヨシオはサードで三番バッター。ゲンタはビッチャーで五番。タ

ケシはセカンドで四番。チームの中でも特に気が合っていたので、

この二人は何回もきてくれたのだった。

「元気だせよ」

 ゲンタが励ました。

 ヨシオもだ。

 昨日の卒業式では代わるがわるタケシの手を引いてくれた。

 タケシはそんな自分が情けなかった。

 もう野球もできないし、中学校にも行けない・・・・・・。

 他の友達はどんな目でみているのだろうか・・・・・・・・。

 自分だけが取り残されてしまうような気がして、タケシは黙り込

んでしまった。

「また遊びにきてくださいね」

 気まずくなったのだろう。二人が帰るというので、母さんは玄関

までおくっていった。

 ほほを濡らしながら、タケシが叫んだ。

「あの時、死ねばよかったんだ」

 本気で思った。が、今となっては死ねなかった。

 ラジオからの声が午後二時を告げた。

「タケシ、散歩にでも行かない」

 母さんに誘われて、タケシは病院の外に出た。

「タケシ、下に三段降りるわよ。気をつけて」

 立ち止まった母さんは、引いていたタケシの手をぎゅっと握りし

めた。

 こうして歩いていると、色んな音がタケシの耳を襲ってくる。

 何かが風にはためくような音、車やバイクの走る音。自転車のブ

レーキのきしむ音・・・・・音、音、音、

 耳が敏感になったのだろうか・・・・・・・・・・。

 タケシは音におびえた。





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著者  さこ ゆういち       
ローラは ぼくの光