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微かなともしび
「今日は何日ですか?}

「タケシ君、四月六日ですよ」

「看護婦さん、外に連れて行って」

 母さんは帰っているので、仕方なかった。

タケシは発育ざかり、だから身体が勝手に要求するのだ。    

「いいわよ」

 看護婦さんは近づいて、タケシの手を取った。

 手を引かれて廊下から庭に出た。

 チュンチュンと雀がさえずる。

 そよっと風が、タケシの髪を撫ぜた。

「タケシ君、明日は退院ね」

 看護婦さんの声を無視して、タケシはふうーっと空気を吸った。

「花が匂う。看護婦さん、なんの花」

「よく分かったわね。桜が満開ですよ。・・・・・それにほら、こ

こにあるのは何でしょうね。タケシ君、わかるかな」

 看護婦さんが導いた所に、タケシはそっと手を当てた。

「あっ、チューリップだ」

 タケシの心に驚きと喜びが一度に湧いた。

「こっちが黄色・・こっちは赤」

 初めて聞いたタケシの明るい声に、看護婦さんが声をはずませた。

「三年生の時、学校の花壇で栽培したんだ」

 タケシは色鮮やかなチューリップを見ている。

 心の目にはっきり見えた。

 翌日、タケシは退院した。

 机の上などを手探りしていたタケシは、グローブを掴んで高々と

かかげた。

「二ヶ月半ぶりだな」

 タケシはグローブを嗅いだ。汗と革の独特な匂いがした。

「タケシ、あと一週間したら盲学校に行こうね。中学部で勉強する

のよ」

「ぼく行きたくない」

「なにいってるの、勉強しないでどうするのよ」

「だって盲学校は隣の市にあるし、友達もいないし」

「だから父さんは引っ越すんだって」

「仕事はどうするの」

「通勤時間が長くなるけど、タケシのためだと張り切ってらしたわ。

だからタケシも頑張らなくっちゃあね」

「父さんは大変だね」

「タケシ、父さんが盲導犬協会に犬をもらえるよう依頼しているの

よ。知らなかったでしょう」

「母さん、犬ってなんなの」

 タケシの声が急にはずんだ。

「目のかわりをしてくれる犬のこと。盲導犬というのよ」

「いつもらえるの」

「訓練が大変らしく、まだわからないけれど」

「はやく欲しいな」

 ずっと以前からタケシは犬を飼いたがっていたのだった。

 けれども家の事情で許してもらえなかった。

「盲学校のそばの家は庭も広いし、他の犬とちがって盲導犬はおと

なしく、利口だものね」

 タケシは盲導犬のことを思うと、気持ちが明るくなった。

 もしかすると一緒に駆け回ることも夢ではなくなるかもしれない。

 タケシは中学部に通いはじめた。

 盲学校は県に一校しかなく、生徒の数も少ない。まして同学年の

者など、ひとりもいないため、タケシは孤独に沈みがちになった。





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ローラは ぼくの光
著者  さこ ゆういち