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警 察 犬 ア ロ ー
子犬と少年
「ただいまー」

大野秀雄君が学校から帰ってきた。秀雄君は小学校の四年生だ。

「わあーかわいい」

 子犬がしっぽを振りながら、秀雄君の足にじゃれついてきた。

 秀雄君はそのまま玄関にしゃがみこんで、子犬の頭を撫でてやった。

「おかえりなさい。その子犬かわいいでしょう。お父さんがさっき連れてきたのよ」

 お母さんはそういうと、秀雄君の背おったランドセルを外して取ってくれた。

「この子犬、なんて名前なの」

「アローシュルムなんとかって、お父さんはいっていたけどね。とにかくシェパード

犬なのよ」

「ふうーん、おまえそんなに長い名前なのか」

 抱き上げてほほずりすると、子犬は秀雄君の鼻をペロリとなめた。

 玄関に子犬を下ろして、秀雄君は庭へ駆けて行った。ちょこちょこと子犬も後を追

ってくる。

「よしよし、おまえはまったく可愛いな」

 秀雄君はすっかり嬉しくなっちゃって、子犬の頭を何度も何度も撫でてやった。

「今度は桜の木に登ってみようかな」

 そうつぶやくと、秀雄君は庭の片隅へ走った。

 そこには桜の木があるのだけど、それは秀雄君の生れる、ずっと以前に植えたもの

らしい。花びらが散ってから二十日ばかり経っているので、青々とした若葉を傘のよ

うに広げている。とっても大きな木だ。

「よいしょっと」

 かけ声をかけて、秀雄君は木に登った。高さ二メートルばかりの枝分かれの間へ跨

いで坐ると、下を見た。

「おゃっ、子犬が坐って頭を傾げているぞ。なかなか賢そうだな」

 木の下で子犬はじっと動かずに秀雄君の降りてくるのを待っているらしい。

「明日は学校も休みだし、河原へ連れて行って、遊んでやろうかな」

 昨日は四月二十九日、みどりの日で休日だった。今日は土曜日で明日が日曜日。次

の日に学校へ行けば、その後は三連休だ。

 天気予報では、今年のゴールデンウイークは五月晴れの日が続くらしい。

 秀雄君は子犬がたいそう気に入ったようだ。子犬を従えて、木の周りをぐるぐる回

ったり、庭を駆け回ったりと大はしゃぎ。

 夕方、お母さんが出してくれたダンボール箱にぼろ布を敷き、秀雄君は子犬の寝床

を作ってやった。箱は玄関へ置く。その時、戸が開いた。

「秀雄、子犬と仲良くなったかい」

「お父さんお帰り。こいつの名前、なぜそんなに長いの?」

「お母さんが勘違いしたんだろう。後の方は犬舎号なんだよ。だから、名前はアロー

でいいんだ。よしよしアロー」

 お父さんは子犬の首を撫ぜた。なぜだか子犬は気持ちよさそうにしている。

 お母さんの作ってくれた夕食は、秀雄君の大好きなハンバーグだ。

 秀雄君一人っ子なので、おばあちゃんを加えた四人でテーブルを囲んだ。食べは

じめてしばらくすると、子犬がキャンキャンと鳴き出した。

「どうしたんだろう」

 秀雄君が心配そうな顔をして、腰を浮かした。

「秀雄ちゃん、心配いりませんよ」

 おばあちゃんが左手で秀雄君の肩をかるく押さえた。

「きっと母犬が恋しいのだよ。三日ほどは鳴くそうだ。かわいそうだけど、我慢する

んだよ」

 そういって、お父さんはハンバーグをパクリと食べた。

「男は男同士っていうでしょう。アローは雄だから秀雄が世話をするのよ。できるか

しら」

「母さんのいう通りだ。秀雄、頑張るんだぞ」

「それにアローのしつけもね」

「マテ、ヨシ、ダメ、スワーレ、フセ、ターテ、ヨーシコイ、ヤスメ、アトヘぐらい

は教えてやるんだよ。できた時はヨーシ、ヨシといって首を撫ぜてやるんだ。悪い事

をした時はすぐに叱る。すぐに叱らないとだめなんだ。その時でないと犬にはわから

ないからな」

「そんなに教えられるかな」

「気ながにやれば大丈夫だよ。同じかけ声と動作で何回も何回も教えてやるんだぞ」

「それが条件反射の訓練法なんだって」

 お母さんがほほ笑んで秀雄君の顔を見つめ、お茶を飲んだ。

 風呂へ入ったりしている内に、やがて秀雄君の寝る時間がやってきた。子犬も静に

なっていた。

 休みの日はいつも寝坊する秀雄君が朝早く起きた。

 秀雄君は歯をみがき、顔を洗うと、庭に出て子犬と遊んだ。

「スワーレ」

 と、声だけかけても子犬は秀雄の足にじゃれついてくるだけだ。だから、秀雄君は

両手で子犬を押さえつけて、坐らせながら『スワーレ』と声をかけた。

「ううん、こりゃだめだ。よしもう一回だ」

 けれども、子犬はすぐに立ち上がってくる。今のところ、何回やってもだめなよ

うだ。

「秀雄ちゃん、これをアローに」

 おばあちゃんが子犬の食事を持ってきた。

「おばあちゃん、そこに置いといて」

 子犬を押さえつけた秀雄君は『スワーレ・・マテ』と、そのまま、しばらく待っ

て『ヨシ』と、いって手を放した。

 午後から秀雄君は沖水川の河川敷に子犬を連れて行った。

 宮崎市に注ぎ込む大淀川の源流域、都城市が秀雄君の住む町だ。そこは霧島の麓

にあって、大隅山や鰐塚山などに囲まれた盆地になっている。

 鰐塚山は盆地の東に位置し、そこから湧き出た水が沖水川となって、大淀川と合流

する。河川敷は合流地点から三キロほど上流で、秀雄君の家から一キロちょっとの距

離だ。芝の植えられた河川敷はかなり広い。

「スワーレ・マテ」

 遊びながら秀雄君は子犬をしつけていく。

「ヨーシコイ・・・・・・・おっ、桜島が爆発したぞ」

 足元にじゃれてきた子犬を撫でてやりながら、秀雄君は西の方に顔を向けた。そ

の空の遥か彼方には、噴煙が入道雲のように湧き上がっている。

 連休最後の日、ようやく犬舎ができてきた。ゴリラの檻のような犬舎だ。犬舎は

秀雄君の部屋の窓から一メートル離れた所に設置された。冬は陽あたりがよく、夏

は陽かげになって涼しい所だ。

「アロー、後で河原に連れて行くからな」

 秀雄君が窓から身を乗り出して声をかけると、子犬は嬉しそうに飛び上がってし

っぽを振った。

 秀雄君はアローを訓練するつもりだ。




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著者  さこ ゆういち