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警 察 犬 ア ロ ー
 数日後、秀雄君とアローに警察署から感謝状を贈りたいと連絡があった。

 お父さんと出向いた秀雄君に感謝状を手渡した後、署長さんはアローをしげしげと

眺めて挨拶した。

「アロー号と秀雄君がいなかったら、健一君を捜し出すのは難しかったと思います。

もし、それで発見が遅れていたら命の危険さえあったかもしれません。・・・それに

してもアロー号はよく訓練されていますね」

 感心したようにうなずいた署長さんは、右手で太鼓腹をポンと叩いた。

「いや、それほどでもありませんよ」

 手を振りながら、お父さんが軽く応じた。

「どうでしょう、このさいアロー号を警察の嘱託犬にされては。ぜひ訓練競技会に出

て、認定してもらって下さい」

 署長さんが真剣な目つきになった。

「秋になったら出てみようかと、秀雄とも話していたところでした」

 秀雄君の顔を見て、お父さんが片目をつぶって見せた。

「秀雄君から聞きましたが、ヤマドリやイタチに気をとられる事なく、アロー号は追

跡を続けたそうですな。よく訓練された犬でもなかなかそうはいきません。まったく

大したもんですよ。秋と言わず、今度の五月の競技会に出てみてはいかがですか?」

 署長さんはアローをえらく気に入った様子で見ていたが、ふと顔をあげてお父さん

の顔に視線を向けた。

「秀雄、どうする?」

「やってみようかな。アロー出るか」

 音無しく横に坐っているアローを撫ぜてやりながら、秀雄君がすくっと胸を張った。



 次の日から、秀雄君はアローの特訓にとりかかった。下校してから日没までの間だ。

 信頼し合っているので、アローは秀雄君の命令通り行動した。

 特訓は順調だった。

「アロー、明日は本番だぞ」

 ああっ、という間に訓練競技会の日がやってきた。

 朝七時に家を出て、秀雄君はお父さんの運転する車で会場へ向かった。

 国道脇では、強くなりかけた陽射しを受けて、サツキが色とりどりに咲いている。

 空は五月晴れだ。

『ククウーンー』

 低くうなって、アローが秀雄君の右頬をなめた。

 宮崎市の大淀川河川敷が会場だ。一時間ちょっとで着いた。

「アロー、ひと回りしてみるか」

 今日は体調を判断する為、アローに朝食を与えていない。アローは元気なようだ。

「マテ。・・・・・・・・・・・・ヨーシ」

 秀雄君はアローにドッグフードを食べさせてやった。

 競技は九時開始だ。

「秀雄、そろそろ始まるぞ。落ち着いて競技するんだぞ」

「大丈夫だよ。アロー行くぞ」

 いよいよ指導手の秀雄君とアローの出番だ。

 審査員の指示で、秀雄君とアローは所定の位置についた。

 アローは物品選別競技の部、第一科目と第二科目を百点満点でクリアーした。

「やったな、アローよーしよし」

 足跡追及競技の部は午後からだ。この競技は犯人を想定して、想定犯の足跡を犬に

追わせる。

 そして犯人の遺留品を捜す。遺留品は三点あり、最後の一点は浅く埋めてある。

「秀雄、弁当を食べるぞ」

 お父さんが包みを広げた。

 食べ終えた秀雄君たちは、しばらく休憩した。

 今度の出番は四番目だ。

「カゲ。・・・・・・・サガーセ」

 午後の競技で、秀雄君が命令した。

 アローは足跡を確実に追った。

 第一科目の得点は成績にならないのだが、アローは二科目とも満点となった。

「アローの優勝だ。よかったな秀雄。これでアローは嘱託警察犬だぞ」

 競技終了後、アローに水を与えながら、お父さんがにっこりした。

 秀雄君には優勝トロフィーと賞状が贈られた。

 競技会のあった日から二週間ばかり過ぎて、警察官の村山さんがやってきた。

「アロー号に出動要請があった時は私が秀雄君のお供をします。アロー号はいい犬で

すね。秀雄君よろしく」

 村山さんは巡査部長だ。私服で来ているので警察官のようには見えない。

 実際の捜査になれば、子供には危険性があるので、村山さんは秀雄君を護衛する任

務らしい。若々しくて犬好きなので、秀雄君も友達になれそうだ。

 村山さんは暇さえあればやってきて、アローの訓練を見学するようになった。

 警察署からの出動要請もないまま、半年が過ぎた。

 今年の夏は雨の日が続き、秋の終わり頃まで台風が次々に通過した。その影響で稲

の育ちが悪く、全国的な米不足が予想される。

 十一月に入ると、それが決定的となった。

「ある農家から新米が盗まれたそうだよ」

 夕食の時、おばあちゃんが顔をしかめた。

「このところ、そういうニュースが多いわね」

 お母さんがお茶をすすって、お父さんの顔を見た。

「刈り取り前の稲が盗まれたという話もあるぐらいだからな。笑い話じゃないけど、

堂々と昼間、コンバインを使っていたらしい。隣の田んぼの持ち主が見ていたのだが、

農協に頼んだのだろう、と思ったそうだ」

「盗まれた人もその人もびっくりした事でしょうね」

「来年は外国産の米を輸入するそうじゃないか。いやな世の中になってきたね」

 おばあちゃんが不安気に秀雄君の顔を見た。

「アローの出番がきそうだな」

 秀雄君の頭の中で、ある予感がよぎった。

 二日が過ぎた。

 今日は勤労感謝の日だ。いつものように秀雄君がアローを連れて、朝の散歩から帰

ってきた。

「秀雄君、アロー号に出動要請だ。農家の倉から新米が盗まれたんだ」

 村山さんが駆け込んできた。

 アローに水を与えてから、直ちに行動を開始した。

 村山さんが乗ってきたパトカーに乗り込むと、アローと共に秀雄君たちは現場へ直

行した。

「村山さん、こちらに靴跡がありますよ」

 パトカーから降りると、先に駆けつけていた捜査員が手を上げた。

「カゲ。・・・・サガーセ」

 秀雄君が靴跡を指さして、アローに命令した。

 靴跡の匂いを追って、ゆっくりとアローは広い庭を進んで行く。

 相当な量の新米が運び去られているので、犯人は何回も往復したのだろう。

 木戸を出た農道横で、アローが足を止めた。

 タイヤの跡が微かに残っていた。

「村山さん、そこにタバコの吸い殻があります」

 すぐ後に追ってきていた村山さんを秀雄君が振り向いた。

 白い手袋をはめた村山さんが草むらの陰から吸い殻をつまみあげた。

「鑑識で指紋と血液型がわかるだろう」

 捜査員に吸い殻を手渡して、村山さんが声を高めた。

 アローが何かを嗅ぎ取ったように、ふたたび歩き出した。

 五、六メートル先の溝の所でアローは止まり、鼻先を寄せた。

「紙切れが落ちているみたいです」

 秀雄君が溝の中を指さした。

 ガソリンスタンドのレシートのようだ。

 村山さんが拾って、顔をあげた。

「秀雄君、お手柄だ。これで泥棒は捕まるぞ」

 ガムの食べかすがくっ付いていた。犯人が投げ捨てたのだろう。

 これでアローと秀雄君の役目は終わった。後は警察の仕事だ。

 数日後、村山さんがやってきて報告した。

「アロー号と秀雄君の協力で、昨夜犯人を逮捕できました」

 ガソリンスタンドの従業員に聞き込んだらしい。

「よかったですね、村山さん」

 うなずいて、秀雄君が胸を張った。

「検出された血液型や指紋が決め手となりました」

 秀雄君の手をペロンとなめて、アローがしっぽを振った。


 今年も後二日を残すのみ。空は晴れているが、霧島から吹きおろす風は身を切るよ

うに冷たい。そんな十二月三十日の午後、村山さんが白い息を吐きながら駆け込んで

きた。

「ご老人が行方不明になっています」

 痴呆性のあるおじいさんが老人ホームを脱け出したらしい。

「広報車を出して市民の協力を仰いでいるところですが、なかなか反応がありません。

この寒さです。はやく見つけないと命にかかわります」

「正月を前に、ご家族に会いたかったのでしょう。きっとそうだわ」

 お母さんが意見を述べて、顔をくもらせた。

 アローと秀雄君は村山さんと共に老人ホームへ急いだ。

 おじいさんが使っていたタオルを嗅がせると、アローはすぐに匂いの線にのった。

 老人ホームの裏山の方に追って行く。

「なんだアロー・・・・見失ったのか」

 中腹から引き返しはじめたので、秀雄君はがっかりしたように村山さんの方を振り

返った。

「どういうことだろう」

 村山さんが首をかしげた。

 だいぶ引っ張り回したあげく、今度は小川の所で引き返しはじめた。

「秀雄君、もういいだろう。捜査員に送らせるから帰っててくれないか」

 一時間ばかり、うろついたので秀雄君の身体を気づかって、村山さんが宣言した。

 パトカーに乗り込む時、アローが吠えて騒いだ。

 秀雄君とアローが帰ってきてから二時間ほど経過しているので、外はもう薄暗く

なっている。一段と寒さが増したようだ。

「はやく見つかればいいのにね」

 おばあちゃんがコタツから手を出してミカンを掴むと、秀雄君の方に差し出した。

「アローのばかめ」

 心配している秀雄君はアローをののしり、ミカンを受け取った。

「アローの性にするのはかわいそうよ」

「お母さんのいうとおりだ」

 お父さんも手を伸ばしてミカンを取った。

 玄関の方で電話のベルがなった。

 お母さんがコタツから出ていった。

「さっき無事に保護したそうよ。後で村山さんが報告にくるといってらしたわ」

 戻ってきたお母さんはコタツに入ると、顔をあかるくした。

 お母さんが夕食の準備をしていると、村山さんがやってきた。

「アロー号はやっぱり優秀な警察犬だったんですよ。今回の事は私たち人間側の判断

ミスでした」

 コタツに入った村山さんは早速しゃべり出した。

 アローは着実におじいさんを追っていたらしい。

「秀雄君、帰りの車に乗った時、アロー号がワンワン吠えて騒いだでしょう。あの時

気づけばよかったんですが」

「と、いいますと?」

 お父さんが口をはさんだ。

「アロー号が追っていたずっと先に橋がありましてね。その下にいたんですよ。・・

・・・方向ちがいを探し回ったあげく、吠えて騒いだのが後から気になったので発見

できたような次第です」

「そうか、ぼくも気づかなかったな。アローに悪いことをしちゃったみたい」

「いやあー面目ない」

「でも無事に保護できたのだから、お手柄ですよ村山さん」

 村山さんがおどけたように肩をすくめたので、おばあちゃんが笑って声をかけた。

「なんといってもアロー号のお手柄です。はい」

 今度は頭をぺこりと下げ、耳のあたりに右手を上げて敬礼した。

 とたんに、みんなでどっと笑った。

 犬舎の中でアローがゴッと一声ほえた。

 おわり


 あとがき

 この物語はフィクションであり、川や地名などを除き、すべて架空のものです。

 これを創作した年は全国的な冷害にみまわれ、本文に書かれてありますように、

米ぶそくが深刻な問題でした。

 当時、隣でシェパード犬を飼っておられましたが、それがモデルとなりました。

 名前も同じくアローで、やはり警察犬の訓練をされていて、二、三教えて頂き

ました。

 物語を展開する上で、一番頭を悩めるのは時間的空間をどうやって埋めるか、

ということです。次の場面に移すための文章にです。例えば、米泥棒が逮捕され

ました。この場面はここで終わりですよね。ご老人が行方不明になるのは四十日

ほど後のこと。行を開ける方法もあるのでしょうが、味気ないような気になって

しまうんです。で、苦しさまぎれ、どさくさまぎれに・・・・・。




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著者  さこ ゆういち