ヤモリ様との夏
    我が家の中庭には「白っぽいヤモリ」が棲みついています。

   初めて見たのは2007年8月14日の夜でした。

    体長3センチほどの小さいやつです。4本足の指には吸盤?が

   あるようで、ガラス戸に張り付いていたのです。どうやら、明かりに

   寄ってくる昆虫がお目当てのようです。

    私はガラス戸の内側にいるので、外側に張り付いているヤモリは

   腹側しか見えません。でもです。頭や手足の動作がなかなかユーモ

   ラスで面白いのです。なお、付け加えると、それはガラス戸と網戸の

   隙間で展開されるドラマです。

    当初はイモリかと思っていたんですが、ちょっと気になったので、

   インターネットで検索したら、イモリは両生類で、ヤモリは爬虫類

   ということが分かりました。そういえば、22、3年前になるけれど、

   沖水川で腹の赤いやつを釣った記憶があります。
   
   「ふむ、あれがイモリで中庭にいるやつはヤモリなんだな。ふん、ふん」
   
    次の日の夜もガラス戸越しにヤモリの訪問を受けました。そこが餌
   
   場になっているようです。明かりに集まる昆虫は、粉粒ほどの小さい

   やつが殆どです。ヤモリはそれを捕食します。ジーッと動かずに待って、

   寄ってきたのをパクッとやったり、上下左右は無論のこと、あらゆる方

   向に動いて、射程距離にまで近づき一端停止。狙いを定めて捕食した

   りします。

    獲物を狙っているために、奇妙な格好で静止することが度々あります。

   例えば、背筋は上方に向かって静止していても、顔だけは、ほぼ直角と

   いえるぐらい左や右方向に捻じ曲げていたり、左の上下足の間を狭め、

   右の上下足の間を広くして弓形の体形で張り付いていたりします。

   「ん、そうか。あれは変則歩行をするからなんだな」

    動きは5センチ、10センチと小まめで、のそっとした動作で歩いては

   停止します。けれども尻尾を子猫のように動かすし、たいへん愛嬌が

   あるようです。

    ヤモリはあれから毎晩やってきます。触るのはイヤですが、ガラス戸
   
   越しに見るのは面白いから好きです。

   「やっぱり情が移ったかな。ふふ、可愛い」
    
    どうもガラス戸の所の軒下に棲んでいるようです。
 
    日本本土でヤモリというと、ニホンヤモリのことをさす。「家守」という

   漢字を当てることから「家の守り神」とも言われる。

   《オンライン百科辞典》より。

    と、いうことで、ふふ、あいつはやっぱり碁の神様(自身の作り出した

   棋道の戒め役)の化身であったのです。

   「これからはヤモリ様「家守様」と御呼びしましょう。そうしないと罰が

   当りますからね」

    ところで、そのヤモリ様ですが、どうしたことかある夜、網戸の方の

   内側に張り付いておられましてね。とうとうお顔を拝見させて頂きました。

    「お目めが丸っこいし、うふっ、これがなんとも可愛らしい」

    こちらの顔を近づけて、よくよく拝見させて頂こうとしたら、お恥ずか

   しそうにしてガラス戸の枠にお隠れあそばされました。

    その翌日の朝、ガラス戸を開けて網戸を引いた時、ヤモリ様は下の

   方に張り付いておられたようで、閉まる寸前の隙間から部屋の隅に

   素早くお入りになられました。

   「わおー速いのなんの」

    いつも見ているヤモリ様の動作とは思えないほどでした。棚の後ろ

   側に駆け込まれたので、網戸を少し開けたままにしておきました。

    夕方の薄暗くなった頃、ガラス戸の外側に張り付いておられたので

   ホッとしました。

    ふと、中庭の方に目を向けると、樹木の上をコウモリが飛んでいました。

   何匹もです。たぶん夜中も飛んでいるのでしょう。が、暗くて見えないだ

   けかも知れません。

    「あの夏の日は気づかぬままにー通り過ぎて行きましたーー今また夏

   ですね」

    つい自作の歌を口ずさんでしまいました。

    4月に86歳の母が亡くなって、ヤモリ様と遭遇したのが初盆の中日

   だった事に何か因縁があるような、そんな感じがしています。

   「今夜も歌いましょう 酔いましょう 肌寄せ合ってる峰みねの 霧島に

   霧島に 霧島に夜がくる」

    はたまた自作の歌が飛び出しました。ヤモリ様と遊びながら、焼酎を

   飲んでいると、いつの間にか無意識に歌っているんです。

   「この不謹慎者め」

   「ん、あん、碁の神様、いやヤモリ様、ごめんなさい」

    私は、心の声に謝りました。

   「さて、そろそろ寝ようかな。ヤモリ様、おやすみなさい」

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さこ ゆういち